カテゴリー別記事: ぞうき林

いのちの声

 「あの事故に巻き込まれなければ、大助は今ごろ笑顔だったはずなのに」―。22年前、バイクで走行中に車にはねられ、18歳で命を落とした山田大助さんの母・穗子さん(64)=桐生市菱町三丁目=は、息子を失った悲しみを背負いつつ、みどり市大間々町の旧神梅小体育館で開催中の「生命のメッセージ展」で来場者を迎えている▼大助さんと同様に、事故や事件で命を奪われた人たちの等身大のパネルが並ぶ同展。飲酒運転やスピード違反の車の犠牲になった命や、いじめ、暴力、医療過誤の被害者ら158の「メッセンジャー」と呼ばれる命が、声なき声を発している▼メッセンジャーたちの声は、無念さや怒りよりも「命を大切にしてね」というやさしさのようにも感じる。「メッセンジャーに会うと、どんな人もやさしさを取り戻すんです」。実行委員会の代表でもある穗子さんは言う▼私たちは誰でも事件や事故の被害者になりうるし、加害者にもなりうる。同展は、理不尽に奪われた命への鎮魂であり、私たちの反省であり、悲しみを少しでも減らすための道しるべとなる。28日までの午前10時から午後5時(最終日は同3時)まで。多くの人に見てほしいと思う。(

カエルのカ

 初夏の花とアマガエル、たくさんのジャコウアゲハと会って、野外取材を満喫していた。が、ふと両 の目に違和感。目頭が痛がゆいし、まぶたもはれて、充血した目からは涙。花粉症持ちだから「一体何 が原因だ」とほうほうの体で逃げ出した▼そんな強烈な症状も翌日には元通り。だから取材の電話で「 何かのアレルギーでえらいことになりまして」なんて笑い話を提供したら「アマガエルでも触ったんじ ゃないですか」。それだ▼アマガエルの粘膜には身を守るための毒があって、手で触れるには問題ない が目や口には大変危険。前髪を払ったときにでも付着したのだろう。直接こすっていたら今頃、病院通 いである▼名誉のために言えば、普段は野外観察の鉄則「生き物に触ったら手を洗う」を実践する。だ からこれまでアマガエルとうまくやってこられた。彼らは決して「お友達」でなく、ふとした気の緩み で互いに痛い目にあうような、緊張をはらんだ関係▼何はともあれ、カエルのカの字も出さないのに「 触ったでしょう」と行動を当てられたのは「生き物が好きでしょう」と言われた気がして、うれしかっ た。慣れ合うことのできない距離も含めて、やっぱり彼らが好きなのだ。(

日常の風景に

 桐生青年会議所が主催し、秋に開催する短編映画祭「きりゅう映画祭」で上映される短編作品のロケが20日から始まった。午前中は同人誌の売り買いを撮るため、本当の即売会を兼ねて人を集めて、撮影するというユニークな試みが企画された▼都心から日帰りできる距離で、昔ながらのまち並みと古い建物が残り、豊かな自然に恵まれた桐生地域。その特徴と地勢のおかげで、ドラマや映画、CMのロケ地として重宝され、もはや日常になった感がある。受け入れる市民の側も、いい意味で慣れてきているのではないだろうか▼映画でこの地域の素晴らしさを発信しようと力を尽くしてきた青年会議所や、撮影に関わるさまざまな調整やエキストラの募集を担う民間団体の「わたらせフィルムコミッション」の果たしてきた役割も大きい▼映画祭の作品を基に長編となった「リトル京太の冒険」(大川五月監督)や、地場産業の繊維とアイドルとを結びつけた昨年発表のコメディー「堕ちる」(村山和也監督)は映画館での上映も果たした▼映像と物語を通じ、桐生・みどり両市の存在が市外だけでなく、国外まで伝わっていく。波紋の一つ一つが大きく広がっていくといい。(

つながる

 朝起きて、部屋を出る。ネコたちが足元にすり寄ってくる。ごめんごめん、おなか減ってたねえと、皿にごはんを盛る。毛の抜け替わる時期なので、「毛玉ケア」のごはんをまぜて▼すぐに顔を突っ込み、がつがつ食べる。よかったよかった、しっかり食べてくれている。ひとしきり食べて満足したようで、毛づくろいを始めた▼ネコの顔を見ても笑っているとか喜んでいるとか表情は正確にはわからないが、そのしぐさを見れば、満足なのだなと思う。何とも言えず、幸せな気分になる。自分が食べたわけではないのに、ネコがごはんを食べただけなのに▼ネコに限らず、もしゃもしゃとドッグフードを食べているイヌ、地面をついばんでいる小鳥、何かをくわえて飛び去るカラス…、何かを食べていたり、その後、ぼーっとしているのを見ると、なんだか幸せな気分になる▼いや動物に限らず、人もそうだ。食べておいしい、満腹でうれしい。こちらは表情がストレートに伝わるから、わかりやすい。グルメ番組が人気なのはきっとそういう理由なんだろう。料理人を目指すのは、きっとそういう理由なんだろう▼根底にあるのは、命がまた少し、つながった、そんな幸せ。少し大げさではあるけれど。(

悲恋の復活

 茶箱を開けると防虫剤のにおいがムッと立ち上った。薄紙をそっと取ると、次々現れたのは美しい人形8体。桐生からくり人形芝居「吉祥寺恋之緋桜」に登場する、八百屋お七と寺小姓の吉三郎が各2体、小坊主3体と丁稚の豆松。傷みもなく、立ち会った人たちから感嘆の声が上がった▼2004年5月のこと。当時桐生からくり人形保存会は東大工学部で講義・実演したり名古屋のトヨタテクノミュージアムに出張したり、目覚ましく活動の幅を広げていた。自由な発想と遊び心による江戸のものづくりが、最先端のバーチャルリアリティーや産業技術からも注目された▼座敷からくりや山車からくりは各地にあるが、からくり人形芝居が残るのは桐生のみ。浅草奥山から伝わって織物機械の技術がありスポンサーがいて、天満宮御開帳臨時大祭ごとに各町会が競った出し物が、御開帳が行われなくなっても復活上演されている。特異なことだ▼「八百屋お七」も眠りから覚めて、精巧なレプリカが舞台をつとめる運びとなった。現存する桐生からくり芝居は仇討ちか決闘か恋物語か。恋しさ逢いたさに火付けし櫓に登って半鐘を叩くお七、火事と喧嘩を華とした時代の物語がいとしい。(