カテゴリー別記事: ぞうき林

やきそば

 風変わりな曲名に、最初は面食らった。その名も「やきそば」。いったいどんな曲なのだろう。16~18世紀の西洋音楽で使われた鍵盤付き弦楽器「チェンバロ」。その繊細な音色を楽しむ演奏会にしては、やや不釣り合いなタイトルのように感じた▼演奏したのは、自作した小さなチェンバロとともに全国を旅し、演奏活動を続ける館林市出身の古楽器奏者・渡辺敏晴さん。桐生市内で19日夜に開かれたコンサートで、そのチェンバロ弾き語りの世界に引き込まれた▼親と離れて山あいの施設に暮らす失語症の子どもが、たった一つ口にする言葉は「やきそば」だった。うれしいときも、つらいときも、楽しいときも、いつもそのひと言。はるか昔に知ったその子の逸話を、渡辺さんが長年温め続けて曲にしたという▼「やきそばって いいな/やきそばって いいね」。ひと言ひと言かみしめるように歌う。「やきそばって なあに/おしえて/だいすき/かあさん」「やきそば やきそば/さよなら じゃあね/かあさん」▼少しだけ長い沈黙の後、聴衆から拍手が沸いた。あの子の頭の中に浮かんでいたのは、母との思い出に刻まれていたのは、どんなやきそばだったんだろう。(

寄り添うこと

 NHK全国学校音楽コンクールのために人気アーティストが毎年手掛ける課題曲はすてきなものが多いが、中でも「SEKAI NO OWARI(世界の終わり)」の「プレゼント」は心に響く名曲だ▼時につらく思える人生も、実は自らの意思で好きに歩むことが許された比類なき贈り物なのだと勇気づける歌に、孤独を抱えたたくさんの青少年が励まされ、支えになってきたのではないだろうか▼作詞したSaoriこと藤崎彩織さんは中学時代、学校になじめず、友達もできなかった実体験を踏まえて歌詞をつくったという。だからこそ、同じように過ごした経験のある人に、言葉がじかに刺さるのだろう▼県内の高校生も巻き込まれてしまった座間市の事件を通じ、命を絶ちたい人が大勢いて、声にできない叫びをネット上で文字にしていると明らかになった。直接尋ねたわけではないから推測でしかないが、多くは本当に死にたいのでなく、孤独を理解し寄り添う人を求めているのではないか▼では、どう寄り添うか。深淵が見えにくいだけに難しいが、広まってきた「子ども食堂」のような活動は有効にみえる。独りにしない姿勢が信頼を醸成し、心を少しずつほぐしてくれると思うのだ。(

アート・ショウ

 世界中で生まれたばかりの作品を集めた「ジ・アート・ショウ」が、群馬県立近代美術館で開かれた。実業家田口弘氏による日本有数の現代美術コレクションから、2000年以降に制作された最先端の作品たちで、背景は異なっても今を生きる作家たちの息遣いを感じた▼現代ならではの素材も興味深かった。携帯電話の基盤やコードを貼り付けたモザイク状の作品はエチオピア出身の作家。世界中で廃棄された携帯電話はアフリカに集められ、レアメタルを採取したあとの部品は青空市場などで売られるそうだ。またソーラーパネルの破片が鋭角的な黙示録や、ネイル塗料で光るパンダも▼現代美術は難解だと敬遠する向きも多いらしい。評価の定まった過去の作品なら、見るより解説を読んでわかったつもりになるからか。しかし作家が現存すれば直接対話でき、共に変化していける。田口氏はアートはビジネスの方向性を先取りして示してくれるという▼各美術館では子ども向けの体験教室や、学校に出向いての鑑賞教育にも取り組んでいる。自分の目で見て、感じ、考え、伝え、話し合って、共感し、違いを知る。アートは1科目にとどまらず、生きていくための必須の栄養素だと思う。(

心に余裕を持つ

 桐生警察署管内(桐生、みどり両市)の、発生から24時間以内に死者が出る交通事故のない期間がおとといで2カ月となった。とはいえ、この間にも人身交通事故はほぼ毎日発生し、重体や重傷者もいるなど、決して楽観視できない状況にある▼きのう付の本紙にも、おとといの夜にみどり市笠懸町の国道50号で、女子大生が運転する軽乗用車に道路上で車を誘導していた男性がはねられ、意識不明の重体となる事故が発生したという記事が載った。この事故時のように雨の日は特に慎重な運転が求められる▼過日の桐生市交通安全推進大会で、桐生署長の服部文雄さんは「事故は減少傾向にあるものの、脇見、漫然などによる前方不注意や速度超過による事故、夕暮れからは反射材を着用していない高齢者の事故が目立つ。家族にひと声掛けてほしい」と呼びかけた。言い換えれば、運転する人も歩行者もルールを守り、さらには過信せず、危険を予測して慎重な運転や歩行を心掛ければかなりの事故は防ぐことができるのではなかろうか▼そして、ルールを守りつつも思いやりと譲り合いも大事だ。何かと気ぜわしくなる時期を迎えるが、だからこそ心に余裕を持ちたい。(

人間のおしごと

 車に乗って目が覚めたら目的地。そんな世界がすぐ目の前に近づいているようだ▼運転席に人が乗っていなくても走行ができる「完全自動運転車」の開発を目指す群馬大学では学内ベンチャー企業で研究に取り組み、2019年度には無人化の実証実験に挑戦するという▼記者が社会人になったころ、車はクラッチを踏み、シフトレバーを操作するマニュアル車が主流だった。数年後、オートマ車が当たり前となり、教習所で苦しんだ者としては「何だかな」と思ったら、今度はハンドルさえ持たなくてもいい時代が来る▼先日、ラジオで排泄のタイミングを事前に感知する装置を開発した会社があると知った。すでに介護施設などでは導入され、来年以降は個人向けの販売も予定されている。今後、介護ロボットと組み合わせれば、介護を必要とする人にとっても介護を提供する人にとっても、負担の軽減に役立ちそうだ▼少子高齢化が進む日本。AI(人工知能)を使った技術は“買い物弱者”“人手不足”などの今日的課題を解決するすべを持つ。その存在に希望を感じる一方、不安も湧いてくる▼人間にしかできない仕事もあるというが、それは本当だろうか。(