カテゴリー別記事: ぞうき林

信用失墜

 英国で日立製の特急車両にトラブルが発生したと報道があった。さまざまな試験を重ね走行実験も済ませ、ようやく開業にこぎつけた、その矢先の出来事だった。海外の施主からの期待にこたえようと、車両づくりに打ち込む技術者の姿を以前テレビで見たことがある。今回の件は相当しんどいはずだ▼純粋に技術の問題だけならば、必ず解決の方法が見つかるだろう。そうでないとすれば、事は格段に難しくなる。たとえば誰かが故意に品質の劣った製品をまぎれこませる。見かけ上は分からなくても、負荷のかかる現場で粗悪な製品に異常が起これば、取り返しのつかない事故につながる▼神戸製鋼で、品質を示すデータを改ざんする問題が浮上しているが、こちらは同情の余地のない危険な行為。アルミや銅製品、鉄鋼製品と、改ざんの範囲は膨らみ、それらを使って機器などをつくるメーカーは日本国内にとどまらない。冒頭の日立の車両に使われていれば、原因究明の作業は複雑になる▼商いの要点は信用だ。社会インフラの基礎を支える重厚長大なものづくりの担い手ならば、信用を築くために長い歳月が必要であることなど分かっているだろうに。不安の種の広がりに注視したい。(

足元の苛立ち

 自民・公明の与党がまたも大勝した今回の衆院選。北朝鮮のミサイル開発には苛立ちが収まらず、現憲法も一切見直す必要なしとは思わないが、この機に乗じて世界に冠たる9条が改変されてしまうのだろうかと、こちらも苛立ちが募る▼そう思いつつ、足元の選挙戦を取材して改めて苛立つのは、選挙区割りのいびつさだ。桐生、みどり両市が群馬2区と同1区に分かれている現状は、地域の一体感を大いに損ねている▼清水聖義太田市長は19日に開かれた旧藪塚地区の井野氏の総決起集会で、応援演説もそこそこに「選挙区が気に入らない」と発言。太田市は大半が群馬3区なのに旧藪塚地区だけ2区である現状を「市としての一体感が出ない」とし、会場をざわつかせた▼石原条みどり市長も20日の集会で「いつまでこんな選挙区(の区割り)でやるのか」と、桐生、みどり両市の旧勢多郡3村地区が1区である現状への不満をあらわにした▼旧勢多3村を2区に、旧藪塚を3区にすることで、有権者数はほとんど変わらず、むしろ現状より平準化される。何より有権者にとっても候補者にとっても分かりやすくなる。選挙で「地元のため」と叫ぶ代議士たちがなぜやらないのか、不思議で仕方ない。(

藤本智士さん

 変わった編集者もいるものだ。この人がつくる雑誌は、ひと味もふた味も違う。大まかな方向性だけ決めたら、現地での偶然の出会いに任せる。インターネットで調べれば分かるような内容にはしない、という熱意が伝わってくる▼地元にとっての“ふつう”が、よそものにとっては“スペシャル”。偶然の出会いを重ねることでしか、たどり着けない宝物を見つけ出す。地方から全国に発信し続ける人気編集者・藤本智士さんのスタイルだ▼まだ世間に知られていない、あたらしい“ふつう”を提案した雑誌「Re:S(りす)」。人口減少日本一の秋田県が全国に向けて発行したフリーマガジン「のんびり」。読み手も一緒になって取材をしている気持ちになるのが魅力だった▼桐生市内で開かれた藤本さんの講演を聞く。「どこへ行っても同じような地方都市ばかり。だからこそ、そうじゃないまちの魅力がある。桐生もそう。桐生が好きな若い子たちは、そのことに絶対気づいている」と語った▼既存の価値観にとらわれることなく、桐生に魅力を感じている若い人たち。彼らの目に桐生のまちはどう映るのか。偶然の出会いを重ねることでしか、たどり着けない宝物を探してみたい。(

脱ごった煮

 ちょうど1週間後の27日、桐生ファッションウイーク(FW)が開幕する。市民自らがつくり上げる民間主導の秋の祭典。今回で22回を数え、すっかり定着した感もあるが、大きな変化がみられる▼それは、意識的に「核」を作り出したことだ。集客の中心であり、ランドマーク的な役割を果たしている有鄰館には「ものづくり」に関連した行事を集め、気鋭の作家や製造業者を抽出した展示会「有鄰館ものづくり展」を最終盤の目玉に据えた▼FWの「ファッション」は繊維産業や服飾に限った狭義の意味ではなく、生活様式そのものを指し示す言葉だ。この地ならではの〝らしさ〟を表現発信し、にぎわいの創出につなげるのが、「産業と文化のまつり」と称されるこの事業の大きな目的である▼故に、多種多彩な分野が交じり合うごった煮の状態も必然ではあったのだが、市井に伝わりにくい原因にもなっていた。ものづくりは桐生の街の過去から現在までを通る芯であり、「1回目から消えていないテーマだった」と西坂一夫実行委員長は力説する▼「ごった煮は嫌いじゃないが、核があってこそ」とも。分かりやすくも洗練された今年のFWに、わくわくしている。(

30年も前から

 「えっ、曲がんね曲がんね!」▼もう30年も前になる。免許取りたての友人らに付き合って、運転の練習がてらドライブに行っていた。交通手段といえば自転車がせいぜいだった高校時代から、動ける範囲は一気に広がり、草木ダムに虫とりに行ったり、はねたき橋やらロマンドやらの“うわさ”の場所を巡ったり▼そんなある日。夜中、国道でゆっくり走っている車を抜いた。すると突然、その車はハイビームにして近づいたり前をふさいだりと、若葉マークのついた車をあおり始めた。運転していた友人はあせり、山道や脇道に入って避けたのだが、執拗に追ってくる。そしてついに、下りの緩いカーブの山道で、タイヤが滑ってコントロールを失った▼あと1㍍で、数㍍下の川に落ちるところだった。かろうじて止まった車からみんな降りて立ちすくんでいると、あおっていた車が追いつき、「バーカ」と声をかけて立ち去った▼東名高速での“殺人事件”の救いようのない容疑者の行動の数々を耳にして、30年前を思い出した。あのとき執拗にあおってきた運転手も今はもういいトシのはずだが、もしかしたら近くで生活しているかもしれない。けっして人ごとではないのだ。(