カテゴリー別記事: ぞうき林

耳学問

 あなたは災害で避難をしたことがありますか―。ある被災者を取材した際、そう聞き返されたことがある▼ないと答える自分に、その人はこう言った。水害でも地震でもいいから、何かに被災したつもりで一度、自宅から避難所まで歩いてみてください、と▼先日、思い立って実践してみた。自宅から避難所まで約400メートル。歩いてみなけりゃ分からない。そんな発見の連続だった▼道路わきで浄化槽のふたが外れかけていた。水害時には文字通り“落とし穴”になる。狭い路地の角には、朽ちかけて傾いた木造の空き家。水害や地震で倒壊すれば路地をふさいでしまうだろう▼自宅と避難所を分断するように走る用水路。上をふさいで公園化されており、水害時の水の流れが予想できない。避難所と逆方向にある総合病院のほうが近くて安全だと気づく▼「自分の命は自分で守り、自力で守れない人の命は地域で守る」。そうした地域防災の取り組みを取材する機会が年々増えているが、自分自身、分かったつもりの“耳学問”になっていたと反省している▼伊豆大島で大きな被害を出した台風26号に続き、27号が接近中という。“耳学問”の同志諸君。まず避難所まで歩いてみませんか。(針)

あのディノ

 40代半ばをすぎた記者が小学生のころ、ブームといえるものはいくつもあったが、中でも際立っていたのが「たいやきくん」と「スーパーカー」である▼その一方の雄であるスーパーカーは、当時少年ジャンプで連載していた「サーキットの狼」がきっかけ。年齢を考えれば当たり前だが、誰一人、車の運転などしたこともないのに、当時の男ガキは「四輪ドリフト」「パワーウエイトレシオ」「最大トルク」といった、車を運転している今でも使い道のない専門用語を覚えているし、高級車の代名詞である「ベンツ」なんかに興味なくても、いまだ「ランボルギーニ」の名前にはグッとくる▼そんなボンクラだから、「クラシックカーフェスティバル」に“あのディノ”がくると聞けばもう、「きゅーん」である。この「きゅーん」、“三丁目の夕日世代”がミゼットに抱くのとはまた違った「きゅーん」なのだろうな、と思う。セピア色したノスタルジーはなく、むしろ、あざやかなフェラーリレッド。懐かしさではなく、あこがれの再燃▼聞き分けのいい大人になったって、楽しいことは大好きでいいし、かっこいいものにはあこがれていい▼「青春とは人生のある期間を言うのでなく、心の様相を言うのだ」(篤)

故郷で総覧展

 「毎日たくさん絵をかき、たいへん忙しい生活である」─。44歳現在の本人の弁ではなく、4歳時の梅雨の晴れ間、お父さんが書き込んだ文言である。人気画家山口晃さんの「画業ほぼ総覧」展で、チラシの裏白に描かれた絵に添えられていた▼館林美術館企画展には担当学芸員の執念で、3歳時から最新作までが集められた。お絵描き少年が桐高では文芸部に、そして東京芸大に進んで学んだ油絵の技法で日本絵画史に挑んでいく。京都・横浜・新潟を巡回した大規模展以上に充実の、故郷ならではの回顧展だ▼(伝)頼朝像を仮借した芸大卒業制作の自画像は20年ぶりの公開、桐生の初個展出品作も再集合し、その際「庄屋久平」主人が注文したケヤキ玉杢に描かれた「神鳥圖」が初めて披露されている。鳴子温泉にある「深山寺参詣圖」も初めて見た▼上毛かるたの絵札で展開する「偽史和人伝中茸取物語」は白瀧姫の父親が和算の大家関孝和だったりする奇想天外ストーリーだが、開幕時まだ未完。澁澤龍彦の「獏園」挿絵原画は26図中2図に今回オリジナルの帯がつけられていた▼画家の虚実にさまざま興味をそそられる今展。トークショーは申し込み初日早々に満員御礼となった。(流)

常在戦場

 関東に接近する台風としては「10年に1度の勢力」という割には被害が少なくてよかったと思っていた。伊豆大島の甚大な土砂災害を知るまでは▼当地域においても、16日午前8時現在では一部の鉄道運休や道路通行止め、小中学校などの登校時間の繰り下げ程度だった。警察への被害通報はなく、消防の出動状況も、道路の側溝にカラーコーンが詰まって水があふれ出し、住宅床下に浸水する恐れがあるとの通報の1件だけだった▼気象関係でも、3時間降水量は桐生市で55・5ミリと10月の観測史上最多となったものの、伊豆大島の335ミリに比べれば6分の1。最大瞬間風速も同日午前8時現在では12メートルほどだった▼このため、被害状況の記事も前述のとおり「被害少なし」で書き始め、写真もこれといってなかったので記事のみの予定だった。ところが、午前9時半ごろから状況が一変した。倒木、住宅屋根の飛散、塀の倒壊、物置の屋根飛散の恐れなどに加え、大規模停電と、強風による被害が続々と発生したからだ▼急きょ、住宅の屋根が飛ばされた現場に向かい、記事を「被害相次ぐ」に書き換え、なんとか締め切りに間に合わせた。「まさか」という坂は確かにある。(ま)

やさしくない

 桐生駅で電車を待っていた。ホームに滑り込んだ電車の扉の前でしばし待つが開く気配がない。「そうか、この季節でも手動なのか」。何事もなかったように手で扉を開けて車内に入り、扉を閉めて座席についた▼昔、冬の寒い日、茨城県の友人と電車で伊香保温泉に旅した。電車の扉が手動であることに驚く友人にこちらが驚く。「経済的でしょう」。ちょっと誇らしい気持ちで説明した▼ただ、初めての人には不案内だし、電動扉と違って高齢者や子ども、大きな荷物を持った人などには優しくない仕組みである▼初めて訪れた土地で公共交通機関を使うとき、勝手が分からなくて困ることがある。特にバスは前乗りか、後乗りか、前払いか、後払いか、このルートで合っているのかと。運転手や地元の人に尋ねればいいのだがなかなか最初のひと言が出てこない▼今月6日、低速電動コミュニティーバス「MAYU(マユ)」の4色4台での運行が始まった。12月まで街なかを走るという。しかし、無料であること、また、曜日でルートが異なることなど、車で移動することの多い市民がどれだけ知っているだろうか▼もし、観光客に話しかけられたら、みなさん答えられますか。(野)