カテゴリー別記事: ぞうき林

「いただきます」の前

 歴史的といわれた大雪の後、18日のことだ。水を含んだ雪の重みでつぶれ、全壊した農業用ビニールハウスの前を通った。入り口が開け放してあり、中の様子が見える。栽培中のキュウリは寒さに耐え切れず、茶色になって枯れていた。植物好きとして、消費者として、胸が痛くなる光景。収穫が始まっていたことも加えると、作り手の心はどれほどだろう▼キュウリ栽培は約15度の気温が必要と聞く。冬の栽培にはハウス内の加温が不可欠で、トマトも同様。今、当たり前のようにある夏作物は寒さの中で栽培するリスクを背負った曲者なのだ。栽培者の努力、技術の向上、設備の改良、たくさんの手によってリスクを軽減しているのが、現状。ハウスに残る茶色い葉を見て、改めて思い知った▼その夜、食卓を眺めると、リスクをはらんだ曲者が平然とした顔で並ぶ。同時に、それを上回る手間ひまと、たゆまぬ努力が隠されていた▼自然相手のリスク回避に完璧はないだろう。いつだって“想定外”と隣り合わせ。そんな事態が起きても自分は、状況を見守り、食べるしかできないわけで。だからせめて「いただきます」の前には、食べ物を支えるたくさんの手のことを想定しようと決めた。(並)

球児の絵手紙

 少年たちは絵手紙を描いていた。机に座って大きな体を丸めながら、少し恥ずかしそうにペンを動かしている。描いているのは大間々高校の野球部員12人。母に向けて描く初めての絵手紙だという▼赤く実ったトマトの絵に「一つの実にぎっしり」と書き添えた作品や、尾頭付きの魚の絵をリアルに描き、「キモいんじゃない。ウマいんだ」との叫びを書いた作品。外から見ただけでは分からない、内面の成長を願う作品が目立った▼絵手紙を描くきっかけは、今回の大雪に伴う雪かきだった。15日から3日間、通学路だけでなく、近くの住宅や商店の雪かきを手伝って喜ばれた(19日付本紙掲載)▼「助けが必要なところを自分たちで判断してくれたのがうれしい」と語る津久井孝明監督。彼らの心の成長ぶりを垣間見たくて19日朝の就業前、母に絵手紙を描く時間を設けたのだった▼「雪かきはきつかったけど、やり終えた後は達成感でいっぱいでした」と語った子は、絵手紙に「辛いって幸せだなあ」と書いた。「雪かきを終えた翌日に一日考えて、自分の将来の進路を決めました」と語った子は、絵手紙に「自分の道を進む」と書いた。人生を変える雪かきになるのかもしれない。(針)

静かな団結

 2週連続の大雪で、特に14日から15日にかけての積雪は過去にないものだったから、当欄も雪の話題が続いている。そろそろ、ほかの題材にした方がいいのかなと考えつつまだ直接間接の影響が続き、景色の中にも雪が残っているので、今回も雪に関連した話。ご容赦ください▼先週はインフルエンザで寝込んだ。症状がおさまったが、まだ他人にうつす可能性があるため外出はできない15日朝、家の周りは当然ながら深い雪で、おまけに暴風雨。そんな中、どうしても雪かきする必要に迫られた▼スキーウエアの上にベンチコートをまとう完全武装でスコップを振り上げたが、まったく手つかずの道路に差し掛かった途端、「ガッ」と音を立てて自家用車は雪に刺さり出庫できず。頑張りは徒労に終わった▼実感したのは雪かきって一人がやっても駄目だということ。隣近所が総出でしないと効果を発揮しないのだ。わが家のある住宅団地では、天気が落ち着いた翌16日朝、住人が三々五々雪をやっつけ、昼には幹線道路まで支障なく出られるようになった▼中高生からお年寄りまで、誰の指示がなくても自然とまとまり一つの目的を果たす。こういうのって、いいなと思った。(悠)

わかったこと

 なんだか見たことのある景色だなあと、中通り大橋を渡りながら、菱や梅田の山並みを見て思う。信号待ちをしていたとき、気づく。あ、関越道で新潟に入ったときの感じ。なるほど「まるで雪国」だ▼幹線道路は車が通れるようになったが、かき集められた雪が腰ぐらいまでうずたかく積まれている。40年以上見慣れた町並みだからここが桐生だとわかるけれど、知らなかったら新潟とか東北だとか言われても信じてしまうかも▼猛暑やらゲリラ豪雨やら異常気象というのは夏限定のような感じだったが、地球レベルの話なのだから、冬の異常気象だって当たり前ではある。「想定外」という言葉は逃げ口上のようなので使いたくない▼今回の雪で、いろいろなことがわかった。豪雪にカーポートは耐えられないし、スタッドレスタイヤはあまり役に立たない。自宅では、屋根の雨漏り、雪の重みで波板がたわむ、シャワーの煙突が曲がることなどもわかった。また次があるかもしれないから、それらの対応が必要だ。とりあえずブルーシートは準備した▼そして、雪下ろしでてきめんに筋肉痛が出ることもわかった。運動不足かあ。これも、鍛えとかなきゃいけないんだろうけどなあ。(篤)

寒冷地仕様

 「7時27分」を覚えている。高校には3年間、国鉄で通学した。急いだ毎朝の身体感覚が残るのだ。富山県初の鉄道という城端線は、城端と高岡を結ぶ。分割民営化後も危機を踏ん張り第三セクターにもならず、忍者ハットリくん号も走る▼田園風景の中をゆったり走ると、水張田から稲田への変化やチューリップ畑の鮮やかさ、墨絵のような冬景色など折々に楽しい。冬によく遅刻をしたのは7時27分に発車しなかったからだ。雪が降りすぎて、ラッセル車も間に合わない。帰りも同様、駅舎で待つことになる▼高校生も大人たちも、だいたい顔ぶれは同じだ。普段は視線もそれぞれ定位置で安穏な時間が流れていくが、こんな非常時には何かが変わる。初めて視線がからんだり、声を聞いたり。待つ間に募る、ひそかな思いもある▼駅にたどり着くまでが大変なのだ。除雪車が出動していないと雪道は人一人の幅。先人の足跡を踏みしめて、影法師のように急ぐ。人の気配がすると避けるのはどちらかを推し量る。そんな身のこなしも懐かしい▼しかし雪国仕様の本体も道具がなくては使えない。長い間の経験知と資本の積み重ね、助け合いの心で営まれていた暮らしを思うこのごろだ。(流)