カテゴリー別記事: ぞうき林

団結の勢い

 すっかり油断していた。祝宴でおなじみの鏡開き。酒樽のふたを木槌で割る。その瞬間を間近で撮ろうと、最前列でカメラを構えていた▼掛け声とともに木槌を振り下ろす参列者。そのあまりの激しさに、酒樽のふたが大破した。あたり一面に酒が飛び散り、カメラごとびしょぬれになった▼358年の歴史を誇る伝統行事「桐生祇園祭」で、執行役となる本町一〜六丁目と横山町の若衆が一堂に会した初の団結式▼資金や人手の不足などを背景にこれまでライバルだった各町の若衆が、祇園祭を盛り上げる同志として結束する。その証しとして行われた鏡開き。酒樽を囲む若衆会の7人の手にも力が入るはずだ▼桐生八木節まつりに合わせて毎年8月初旬に行われる桐生祇園祭。神輿渡御、宵の出御、鉾の曳き違いなどの行事日程は、7月5日の祭典役員会で正式に決まる▼今夜7時には、若衆が提灯を手に本町通りを歩く伝統行事「世話方各町挨拶廻り」がある。今年の年番町である本町四丁目の若衆が各町若衆を回って協力を呼びかける▼「町衆の心意気を示そう」と、鏡開きの勢いそのままに祇園祭へと突き進む若衆。今年のまつりは例年以上に見ごたえがありそうだ。(針)

味覚

 中学のころ、保健体育の先生にいわれた。「人間はな、プールに耳かき1杯の砂糖でも入れりゃあ甘いって感じるんだよ」。ほんとかねえ、とは思ったが、まあ先生の言うことだからと、その後もずっと信じている。要するに、人の感覚、味覚っていうのは思っている以上に鋭敏だということ▼深夜に帰宅し、遅ーい夕ごはんを食べた。おかずは一口カツ。ソースカツ丼にして食べろということで、それ用のソースができている。このソース、だいたいのレシピは知っているけれど、家庭ではどうにも、お店の味にはならない。仕方ないよなとは思いつつ、ちょっと味をととのえてみようと思い、砂糖を加えた。…あれ? もう少し加えてみた。…あれれ? けっこうたくさん、加えてみた。えーっ?▼自分の思っていた以上に、店屋物のソースカツ丼用のソースには、大量の砂糖が入っていたようだ。けっこうびっくりする量だった。そういえばペットボトルのジュースには、スティックシュガーにして十何本分の量が入っていると聞いた▼知らず知らずのうちに濃い味に慣らされているのだなあ、感覚っていうのはこんな感じで鈍くなっていくのかなと思うと、なんとなく切なくなった。(篤)

お隆さんの仕事

 「写真師島隆(しま・りゅう)」と高らかに記したのは元治元年春、当時42歳。被写体となった夫の霞谷(かこく)は38歳、まげを結い羽織袴に刀を持ったサムライ姿。これが日本で最初の女性写真師とされる証拠だ▼梅田の島家からはその後も、夫妻が取り組んだ仕事が続々と発掘されてきた。その都度関係者と興奮を共有させてもらった記者としては、先日報じたガラス湿板の発見はまた、感慨深い。夫亡き後帰郷した隆は写真館の開業広告を制作しているが、実態は不明だったからだ▼研究者の間でも写真はほとんど霞谷の作品とされてきた。実際は共同作業だったり、幕府御用で多忙な夫でなく隆の仕事だったものも多いに違いない。今回は隆の実家の親戚筋にあたる岡田家に保管されていた写真である▼晩年のお隆さんは和歌を詠み楽器を奏でる一方で、金融業を営み減税を訴え開墾工事に異議を申し立て養子は次々追い出すという強気も見せた。新発見のガラス湿板を見つめると、また別の隆が浮かんでくる▼特に親子で写った一枚。動いてはいけない幼児をくつろがせ猫もいやがらず、高下駄を履かせた若い父親の視線をまっすぐに受け止めている、プロの姿である。(流)

新たなゴールへ

 カーリング女子・チーム青森の佐藤健一代表はこのほど、最新の公式サイトで、群馬大時代に桐生で過ごした山浦麻葉さん(29)らメンバー2人がチームを離れ、新たな道を歩み始めたことを明らかにした▼この中で同代表は山浦さんについて、「転居先の軽井沢に落ち着くことになりました」と報告するとともに、本人のメッセージも掲載した▼その中で山浦さんは、「とても刺激的で試練に満ちた日々ではありましたが、多くの方に支えられて進んだこの7年の道のりを、とても愛おしく思います」とチーム青森での選手生活を振り返った▼そして、「これまで応援してくださった皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。青森での幸せな日々を胸に、新たなゴールへと向かっていきます」と結んだ▼3年前のバンクーバー五輪出場後、腰痛悪化のアクシデントに見舞われ、戦線を離脱。復帰を目指して懸命に治療、リハビリに打ち込んできた。が、チームは成績不振で来年のソチ五輪出場への道を断たれ、大きな目標を失ってしまった。今春、「治療専念」を理由に出身地の長野県に戻っていた▼長い間お疲れさまでした。同時に軽井沢で目指す「新たなゴール」にエールを送りたい。(ま)

キラキラヒカル

 先日、探し物のため、実家を訪れ、物置となっている自室の押し入れの“地層”を汗だくでひっくり返した。目当てのものは結局見つからなかったが小学校から大学までの文集やら写真やら手紙やら、さまざまな思い出のカケラを発掘。ついつい時間を忘れて読みふけった▼大学の地層からは記憶にまったくない冊子1冊が出てきた。3年の終わりか、4年の始めに、所属していた専攻で作ったものらしい。パラパラとめくると自分の名前を発見。ゼミの授業について担当教官のインタビューをまじえて記事を書いていた▼読んでみても記憶はかすかにしかよみがえらない。が、文章のくせは、まごうことなき自分のもの。1行が長すぎるし、なんだか偉そうだし、いろいろ赤ペンで修正したい部分はあるが、「あの時」と「いま」は確かにつながっていると感じた出来事だった▼今年も夏の高校野球を取材する季節がやってきた。生活の中の多くの時間を野球にかける彼らの姿はまぶしい。この間テレビで見た「地下アイドル」を応援している人の気分だ。勝っても負けても、その経験は彼らの血肉になっていく▼今年の開幕は7月6日。さあ、彼らのバックアップに全力を尽くそう。(野)