カテゴリー別記事: ぞうき林

カワウと市民

 川沿いを散歩しながら、その異様な黒い群れを目撃した人も少なくないだろう。渡良瀬川の高津戸ダムや相川橋、太田頭首工付近などで、川面から首だけ出して漂い、潜水と浮上を繰り返す鳥。魚を狙うカワウだ▼近年、全国的に数が増え、漁業被害が深刻だという。カワウ研究の第一人者である山本麻希・長岡技術科学大助教によると、1970年代には全国で3000羽以下に減って絶滅も危惧されたが、90年代にV字回復し、近年では最大20万羽近くにまで激増したらしい▼江戸時代にはふんを肥料にするなど身近だったカワウ。戦後の河川改修や環境汚染の影響で激減し、コンクリート護岸で逃げ場を失い餌食になる魚が増えたのが急増の一因というから、元凶は人間だ▼カワウが増えすぎると体長3〜35センチ程度の魚は軒並み捕食され、川の生態系が崩れかねない。さりとて全滅させていいはずもない。「カワウも魚も人も共存できる、豊かな河川環境を取り戻す努力が必要」と山本さん▼カワウを見たら一方的に悪者扱いせず、「君も私も同じだね」と、加害者であり被害者である互いの分をわきまえつつ、魚を乱獲しないよう退散願う。川を抱く市民のつとめかもしれない。(成)

本物の生の味

 生(なま)というのは、いいものだ。スポーツ観戦や演奏会、お芝居、ビール…。とにかくおいしい。いや、楽しい▼落語をナマで味わったことは大人になるまでなかった。タイムス読者の多くの方も、おそらくそうだろう。記者という仕事柄、桐生でかつて開かれていた「落語長屋」とか、大間々のながめ余興場での催し物などの取材で、ちょっぴり味わう機会には恵まれた。が、東京の寄席にはなかなかいけないし、落語家が自宅に来てくれるわけはない。つまり、プロの噺家(はなしか)さんの演芸を体で感じることは多くはない▼先月30日、本物の落語家さんが来桐し、小学生の前で落語を披露してくれた。桐生市スポーツ文化事業団の「伝統芸能講師派遣事業」として若手2人が、子どもにも理解できるような、短くて分かりやすい「おはなし」を語ってくれた。対象は小学4年生。初めは気乗りしなさそうな顔をしていた子も、終盤には目がキラキラと輝き、表情を崩して声を出して笑っていた▼取材しながら、プロの技を生で味わう機会を得たことを宝物として心に刻んでほしい、そう思った。彼ら、彼女らの深層心理にはすでに響いているかもしれないが。(な)

偉大な偉大な

 取材ノートに書き込んだ家系図が、みるみるうちに縦横へと伸びてゆく。約1時間半のインタビューに、いったい何人の名前が出てきただろう▼初めての玄孫が双子で生まれた喜びを語る松嶋フヂ子さん(93)=みどり市大間々町大間々=を取材した。両親に加えて兄姉5人、子4人、孫12人、ひ孫14人、玄孫2人。それぞれの配偶者も含めれば、登場人物は6世代で総勢50人以上にもなる▼生まれてほどなく双子の姉を亡くした松嶋さん。さらに10歳で父を、20歳で母を病気で失った。わが子を亡くした経験もある。「おしんのドラマを見たって涙も出ない。それ以上の体験してるからね」。多くの悲しみを味わったからこそ、新しい命を授かる喜びに感謝の思いがつのる▼幼いころ亡き母に教わった言葉を大切にしているという。「上を向いてつばを吐いたら、みんな自分にかかっちゃう。だから、人には嫌な思いをさせるんじゃないよ」。玄孫をもつおばあちゃんのことを高祖母というそうだ。英語ならグレート・グレート・グランドマザー。偉大な偉大なひいひいばあちゃんから双子の玄孫へ。心のこもったメッセージをここに代筆させていただく。(

食べる

 おいしいものを食べると、なんかうれしい。すきっ腹のとき、みそ汁をひと口飲むと、「ふわあ〜」と声が出て、知らず知らず笑顔になる。夜中に小腹が減って永谷園のお茶漬けをすすれば、また笑顔。ああ、もうこりゃ本能だな。仕方のないことよ▼おいしいものは食べたいけれど、おいしいものは高い。A5とかの肉なんかうまいんだろうなとは思うけれど、お財布が許してはくれない。せめて調味料にこってみよう。たいがいどんな料理も、決め手はしょうゆとか塩とか。せめてそこだけでもおごれば、食材の質が低くても、そこそこおいしくなるはず。味だろうが何だろうが、まず基本の部分をしっかり固めておくのが大事だ▼衣食住とはいうけれど、生きていく分には、とても気候が温暖な場所なら衣は必要ない。住む場所も、ひとところでなくても問題ない。だけど食は、どんなに気候がよかろうが風来坊でいようが、ないと生きていけない。ということは、だれにとっても、いやどんな生き物にとっても、食は必要不可欠なのだ▼などと、食欲の秋にかこつけてもりもり食べている自分への言い訳をひとしきり考えていたら、もう立冬を過ぎていました。(篤)

和には和を

 きものを着るようになって、手ぬぐいの所有枚数が増えた。衣装にかかわらず普通に飲食する、いやむしろ、きもので飲み会に行くとなれば、手ぬぐいは必需品。加えてきものの色柄や季節感、気分に合わせる楽しみもある▼うれしいのは、選択肢が広がったこと。手ぬぐいのよさが見直されているのだろうか、老舗は粋でお洒落なデザインを豊富に売り出しているし、ミュージアムショップでは所蔵品や企画展に合わせてオリジナルの限定品を販売し、若手染色家の作品もある▼本紙毎週水曜の連載「手ぬぐい粋もよう」を担当している。織都桐生のおもてなし役をつとめた芸者さんたちが正月に配った手ぬぐいコレクションだ。一枚一枚見つめていると華やかなりし盛時の面影が浮かび上がって、いろんな想像を巡らせている▼先夜は手ぬぐいの主の一人にお会いして、興奮した。「浅の家」の「政菊」さん。当時の写真もあって、妄想が現実味を帯びた。そしてきもので夜歩きしていると、更地の向こうに建っていたのが「文元」。置き家らしい風雅なたたずまいの二階家に明かりがともって、三味線の音が聞こえてきそうだった▼夜の桐生案内を染め抜いた手ぬぐいを、夢想している。(流)