カテゴリー別記事: ぞうき林

マルメロの絵

 学生という身分で東京暮らしをした5年間は、よく映画をみた。1990年代の前半のこと。いまだ忘れがたい作品も多いのだが、スペインのビクトル・エリセ監督の手による「マルメロの陽光」も、そんな一本▼同じスペインの画家アントニオ・ロペスが、庭にイーゼルを立て、1本のマルメロの木を描く。その様子を映した半ドキュメンタリーの作品なのだが、木の姿、実の位置などを忠実に描こうとするあまり、作品は日々、変わりつづける▼結局マルメロの絵は完成せず、映画もまた、完成しなかったことを告げつつラストを迎える。その未完の絵がいま、来日していると聞き、東北まで足を延ばした。対面かなった絵画を眺めながら、画家が注視したマルメロとの間に、長い時間が流れたことを思った▼絵を描く際に大事なことは、対象と向き合い、じっくりと観察することだと、画家はいう。当たり前のことだと思いつつ、待てよとも思う。果たしていまの時代に、数カ月もかけて一つの対象と向き合うことなど、どれだけあるのだろうかと。長い時間向き合えば、対象への愛情もわく。それが絵画に表れる▼画家の時間尺とはどんなものかのかと、考えさせる。(け)

隣り合わせ

 海の見える丘に寝転んで、空一面の浮遊物を見上げる。クラゲのように漂い太平洋を東へ。戦時中に小学生だった年配女性の楽しげな体験談。浮遊物にくくりつけられたものが手紙だったら、どんなに心弾む出来事だったろう▼しかし現実は違った。米国本土で死者を出した日本軍の“風船爆弾”。日本の子らが無邪気に見送った浮遊物が、無邪気に近づいた米国の子らの命を奪う。日常生活の延長線上に、戦争の残酷さが潜む▼桐生出身の新井愁一さん(29)がカメラマンを務めたドキュメンタリー映画「陸軍登戸研究所」。その試写会が20日夜に桐生市内で開かれた。生体実験に通じる毒物の研究、相手国をかく乱する偽札製造…。敗戦後に歴史から消された研究所の真相に、関係者の証言を集めて迫った話題作だ▼意外に感じたのは、多くの証言者が当時の体験を淡々と、ときに笑顔で振り返っていたこと。若いカメラマンに気負いなく語る姿が印象的だった。戦争体験談にありがちな説教くささは皆無。だからこそ、研究所での穏やかな日常生活と、その研究内容の残酷さとのギャップが際立つ▼戦争と平和は対極にあるとは限らない。むしろ隣り合わせなのだと感じた。(針)

緩やかな連携

 桐生は人口減少が続き、県内でも少子高齢化が際立ち、有力企業は市外に流出し、それに伴って雇用も減り、元気がないといわれる。残念ながら、それはその通りなのかもしれないが、だからといって悲観的な将来しかないのかというと、決してそんなことはないと、特に最近の30〜40代の人たちの動きを見て思うのである▼学校や就職でいちど地元から出たけれど、再び戻ってきた人、ずっとこの地で生活する人、特に縁がなく移り住んできた人、あるいは今も離れつつも故郷に関心を寄せる人。事情は異なれど、地に足をつけつつ、このまちを活力ある場所にしようと動いている▼彼らの多くは、まず自らの本業をしっかりとさせ、その上で本業とも可能な限りリンクして(決して利益誘導ではなく地域に有益な形で)活性化に取り組み、両立させる「win―win(ウインウイン)」を前提にしている▼さらに特長的なのは、それぞれ別の活動をしていても、共感する部分があれば、そのつど連携し、柔軟に協力し合える点だ。そこに「オレが、私がやった」と了見の狭い自己主張はない。新しい世代の新しいまちづくり活動が、草の根的に広がっている。(悠)

コントロール

 「え、なんで?」。台風18号の影響で激しい雨と風に見舞われた16日昼すぎ、いつものように大気中の放射線量の確認のため、文部科学省のホームページ「放射線モニタリング情報」で群馬の線量を調べたときのことだ▼いつもなら0・023マイクロシーベルト前後の前橋が、0・038。0・043前後の桐生は0・065。みどりは0・088だ。他の地点も軒並み0・02程度上がっている。雨の日は多少高くなるのだが、それでも0・005とかそのぐらいの幅。少し考えてみて、「福島か」▼桐生の辺りだと、実は北東の風というのはあまり、ない。このときは南東から大型の台風がやってきていた。空気は台風に向かって流れるから、北東の風となる。その結果ではないかと考えると、自分なりにふに落ちた▼この数値そのものに、安全とか危険とか言えるような知識はないが、それでも数値の急な上昇に不安にはなる。気になって調べてみた福島市の数値は、増減はわからないが、高いところで0・6を超える場所もある。「コントロールできている」とか世界に宣言した人がいたようだが、こんな状況すらもコントロールされているという▼放射性物質の放散は、いまも続いているのだ。(篤)

福島で江戸絵画

 小林秀雄賞を受賞した山口晃さんの画論『ヘンな日本美術史』(祥伝社)では「お好み焼き」扱いされている円山応挙と伊藤若冲。「懐石もお好み焼きもどちらも食べたい」というとき、懐石が正統派の典雅な絵(ただしどうしてもうす味)なら、応挙や若冲はお好み焼きポジションだと▼1年ぶりの福島県立美術館で「若冲が来てくれました」を見た。プライス夫妻が東北被災地支援のためにコレクションを提供し、仙台、盛岡を巡回してきた展覧会も福島が最後。混み合う美術館入り口で何と、プライス夫妻と遭遇し写真に納まったり握手したりという幸運にも恵まれた▼「鳥獣花木図屏風」を「花も木も動物もみんな生きている」というように読み下しタイトルをつけた同展。最初の一点の鈴木基一「アメを売る人」を見ただけで、働く喜びにあふれていて泣けた。あまり見る機会のない江戸絵画、その美と生命力▼トラのコーナーでふに落ちたのは、若冲も応挙も本物のトラを見ていないこと。中国の絵や毛皮や猫を見て描いたトラが、写実的でないから魅力的なのだ。西洋美術的にはありえない独特の世界が近代化前には豊かにあった▼大勢の来場者と、それぞれのお好み焼きを堪能した。(流)