カテゴリー別記事: ぞうき林

生かせる

 暖かくなってきたとはいえ、ここ数日の冷え込みは足先がちりちりしびれるほど。まだまだ春本番とはいえない寒さ▼こんな季節に、水につかり、たくさんのものを失い、先行きへの不安を抱きながら食べ物も着るものも寝る場所も満足に得られない生活を送るなんて、想像できないぐらい、いやなことだ。けれど現実に、たくさんの人たちがそれを経験した。しかも、ここよりも寒い東北で▼折にふれ、「東日本大震災の記録」というDVDを見る。特に、自分の気持ちが弱ったときに見ている。映像を通して、被害に遭った人たちを追悼しつつ、この大災害を乗り越えた人たち、また乗り越えようと日々格闘している人たちがいることを、改めて心に刻む。この人たちに比べれば、自分のたいへんさなんて、ささいなものだ、と▼大地震、大津波、大火、原発事故…。死者・行方不明者合わせて2万人超、避難者は数十万人。被災地とはいえない桐生にいても、刻一刻と変わる状況、大きな余震、燃料不足、食料不足、暗く寒い夜、計画停電…と、重苦しさと閉塞感に覆われていたことを感覚で思い出す▼人の記憶は薄れていくもの。だから救われる、という面もあるが、忘れなければ生かせる。“てんでんこ”に。(

自由人たち

 「去年の今夜はどこかにいたね」とは、桐生に転居したばかりの坂口安吾が色紙にしたためた一文である。安吾忌、東京・神楽坂に出張してそのフレーズを思い浮かべた。去年も同じ場所にいたのだ▼下駄ばきの嵐山光三郎さんも。かつて「文人悪食」のテレビ版で来桐した嵐山さんはトンビをまとい、坂口綱男さんと路地奥を歩いてうなぎ屋へ。「悪党芭蕉」にも助けられたから、新著「漂流怪人・きだみのる」は即買いした▼戦前パリ大学で人類学、社会学を学び、「ファーブル昆虫記」を翻訳。アテネ・フランセで教べんもとったが、空漠の彼方へ向かって歩みつづけた桁外れの自由人。一面の辞書や雑誌や書き損じや腐った野菜などの上に腹ばいになって原稿を書く写真に、安吾以上だと感動した▼今年の安吾忌、嵐山さんは現れず。ある人から八王子の高校時代、きだみのるが講演に来たと聞かされた。さっぱりわからない話だったらしいが晩年は「気違い部落」に許容されたのか▼別の人は石神井の檀一雄邸の取り壊しが始まったと残念そうだった。安吾が滞在中カレーライス100人前を注文し、嵐山さんも通った家。道路拡幅のためだという▼自由よ、来年の今夜は何処に。(

一呼吸おいて

 携帯電話に「詐欺に注意」のメールが毎日のように届く。市民から寄せられた相談をもとに、警察や市役所が登録者に配信している防犯情報だ▼桐生警察署が昨年受けた振り込め詐欺など特殊詐欺の相談は約600件に上るという。月平均で50件にも及ぶのだから、毎日のように詐欺に注意のメールが届くのもうなずける▼時には違う内容の防犯メールが複数回届く日もある。実際、3日は午後2時台に警察から「還付金詐欺に注意」が、同4時台にはみどり市から「老人ホーム入居権詐欺に注意」が届いた。同6時台には再び警察からあり、今度は「架空請求詐欺に注意」とあった▼県警が昨年把握した県内の特殊詐欺被害は222件(前年比28件増)、約5億7440万円(同約9910万円減)。うち85%は65歳以上の高齢者で、男女別では約71%が女性だったという。そして、その多くは「振り込め詐欺は知っていたものの、まさか自分がだまされるとは思っていなかった」と話したという▼留意していても「慌てると冷静な判断ができなくなる」という弱点を狙われたのだ。電話でお金の話が出たら、一呼吸置いて、念のために家族や警察などに相談しましょう。(

知ったはずの場所

 毎月第1水曜日に連載中の「バックヤード探検隊」の取材班に加わることになり、みどり市大間々町のながめ余興場を訪れた▼取材で何度も足を踏み入れた場所だが、施設自体を見学するのは初めて。ちょうど県外からの見学者がおり、一緒に回らせてもらう。奈落に地下資料室があることは知っていたが、初めて聞く話、見る資料も多く、面白かった▼紙面掲載後、「奈落がああなっているとは知らなかった」という声をいくつか聞いた。1997年にリニューアルオープンした直後はまだしも、地元の人ほど「見学」で訪れる人は少ないのかもしれない▼桐生に生まれ育った記者も桐生明治館にお金を払って入ったのは大学生になってから。大学の実習で必要だったからで、それがなければいつになったか分からないものなあ▼井田ヒロトさんの漫画「お前はまだグンマを知らない」がドラマ化、映画化されるという。漫画は未読であらすじしか知らないため、「県民以外が面白いのか」と不安に思っていたが、県民だからこそ気づかない面白さもあるのかもしれない▼ながめ余興場にはまだまだ面白いものが隠されている。連載はもう少し続く予定なのでどうぞお付き合いを。(

ホトケノザ平面

 春はどこにあるのか、探しながら歩く。意識すれば発見がある。いつもの畑の景色が、今日はなんだか鮮やかだ。そう思ってよくみると土の色が黒っぽい。あぜに群れるホトケノザの花も、昨日より増えたようだ▼ヒヨドリの鳴き声がある。鳥の視点で花々を眺めてみようと、しゃがんで地上20センチほどの高さにカメラをセット、シャッターを切る。目の前にホトケノザがうっそうと茂り、見通しは悪い。少し上げると今度は花畑が現れる▼同じ種類の草花はどうして似たような高さで花を咲かせるのか。動物行動学者の日高敏隆さんは子どものころ、そんな疑問を抱いた。ホトケノザしかり、イヌノフグリしかり、ヒメジョオンしかり▼答えの一つにたどりつくには、鳥よりもハチやチョウになった方がよさそう。ハチの身になれば、同一平面に花が咲きそろっていた方が、蜜を集めやすい。植物の側からすれば、ハチが飛び回ってくれるほど受粉の効率が上がる。どちらにも都合がいい▼そうやって立てた仮説を、実験によって立証してゆくのが科学の楽しさ。疑問の種はそこここに転がっているのに、それに気づかないまま私たちは通り過ぎる。季節の変わり目、もう少し歩みを緩めて観察したい。(