カテゴリー別記事: ぞうき林

きっかけ

 ノーベル賞をとる人も、総理大臣になる人も、一気にそうなったわけではないだろう。最初の一歩は、小さな実験だったり、政治家一年生の日々だったはず。振り返ったとき、ことが成就したのは「あれがキッカケだった」とか、「あのタイミングが良かったから」などのポイントがあったに違いない▼川内町の高草木秀行さんが、家庭菜園で取れた、いわゆる形が整っていない野菜を組み合わせて生き物や人の顔をつくって写真に撮り、それをプレゼントすることを始めた。きのうの紙面(16面)でも紹介した▼今年還暦を迎えた高草木さん。「孫に見せたら喜んでくれたから」というのがキッカケで、それまでの経験から得た「幸せになる言葉」を添えて知人に配り始めたところ、喜ぶ人が少なくなかったという。その喜ぶ顔と声に接し、さらに高草木さんも喜びが増したとか▼作品の一つがカエル。「人生カエル君」というメッセージを付けている。受け取った人には、その文面も心に響くのかもしれない。「間違ったり、おごったり、迷ったり、行き詰まったりしたら、初心にカエル、原点にカエル…」。受け身の「変わる」でなく、自分の意思で「変える」ことが大切なことなのだ、と。(

記録の役割

 360余年の歴史を刻む桐生祇園祭で、祭りの実働部隊を務めるのが本町一―六丁目・横山町の若衆。その束ね役が行司と呼ばれる役職だ。本町二丁目町会が天王番を務めた今年の祭りで、行司会は小さな改革に取り組んだ▼祭りを前に、各町の行司は繰り返し顔を合わせ、天王番の行司を中心に祭りを下支えするための準備を図る。これまでのやり方を確認した上で、今年はどうするのか。一つ一つ確認し、異論が出ればそれを審議し、やり方を決めてゆく。大切な合意形成の過程である▼今年はその審議過程を議事録に残すという、新たな試みに挑んだ。今のしきたりがいつ、どんな経緯で生まれたのか。後継者が来歴を知る上で、過去の審議過程は参考になる。似たような課題が登場したときにも解決へのヒントになるはずだ。先日の反省会で、議事録は無事、三丁目町会の行司へと引き継がれた▼議事録を残すのは後世のため。まして公人のかかわる会議で、何が話し合われ、どこに落ち着いたのか。過程を公にできる仕組みを整備するのは当然のこと。森友・加計問題で疑惑がぬぐえぬ原因は、審議過程の「欠損」もしくは「非開示」にある。記録はだれのために残すのか、問い直してほしい。(

衆院選雑観

 長いものに巻かれたほうが、人は何かと楽かもしれない。だが、批判的思考が弱体化することによって、全体主義が国を覆い、権力の暴走を許す。戦前の日本の風景だ▼国家権力は国民をだますことがある。歴史はそう教えているはずだ。だからこそ権力を批判するジャーナリズムは重要なのに、一部の政治勢力やそれに迎合したネットの世界では、現政権に批判的な言論を「反日」などと攻撃する言論が広がっている。こうした安直なレッテル張りの風潮を、社会学者の宮台真司氏は「感情の劣化」と呼ぶ▼北朝鮮という敵を設定し、敵から国民を守るという主張は、国家権力として当然だろうが、実態はどうか。米ニューヨークタイムズは「安倍氏は自分の都合のいいタイミングで解散総選挙を行うために北朝鮮というカードを利用している」との見方を伝えた。要は、野党の混迷と北朝鮮情勢に便乗した解散総選挙ということだ▼英デイリー・テレグラフは「あらゆる国の有権者は今、現状に失望しきって、たとえ深刻なリスクであっても、リスクを取って変化を起こそうとする機運が高まっている」と報じている。私たちの日本にも当てはまるのかどうか。22日の結果はいかに。(

越冬準備

 第70回秋季関東地区高校野球大会群馬県予選がきのう1日、幕を閉じた。毎年、だいたい9月初旬に始まって、10月の1週目に決勝戦を迎える。だから残暑厳しく夏と変わらない陽気でスタートして、終わるころには朝晩ずいぶん肌寒く、その差に驚く。この時期にボーダーラインがある生き物も結構いて、昆虫たちも間もなく、来春に向けた越冬準備に入る▼そんなわけで話は秋大会。優勝校、準優勝校は21日から神奈川県で行われる関東大会への出場切符を手に入れ、センバツ甲子園へつながる戦いに挑む▼他のチームは来春、そして夏の大舞台を目指して長い冬へ突入する。これは力強さを蓄えるための、高く遠く飛ぶための助走期間で、次のステージに上がるにはなくてはならない時間。それはなんだか、自然の摂理と似ているなあ、なんて思う。秋大会は越冬準備へのきっかけ。厳しい寒さの冬を乗り越えた者が、明るい春の喜びにたどり着くのだ▼秋大会を通して、チームの団結を強くしたり、勝利の経験から自信をつかんだり、古豪復興の兆しを見せたり、春までの課題を見いだしたりと、それぞれが着実に一歩一歩進んできた。新チーム結成から成長を辿った秋が深まってゆく。(

新たな魅力

 桐生市広沢町二丁目の縫製業・ナガマサが自社ブランド衣料をメインとする地場産品のセレクトショップ兼カフェを本社併設でオープンした。取材で長谷川博社長と話をする中で、市外の若者が桐生に対して抱いているイメージとして社長が語った言葉が非常に興味深かった▼いわく、「桐生はカフェの街」であると思われているという。なるほど、カフェの増加は近年顕著である。桐生駅前や末広町通り、本町通りを中心に個人経営の店のオープンが続いている。空き店舗に入居したり、一から店を建てたり形態はそれぞれだが、どこもおしゃれだ▼感度の高い空間が若者を引きつけ、はやりのインスタグラムなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス=会員制交流サイト)を通じて情報が拡散共有され、「カフェの街」という認識が醸成されてきたのだろう▼中心市街地は、このごろ特に動きが活発だ。錦町ロータリー周辺は、総菜がおいしかった山作牛肉店、昭和の雰囲気をそのままに戦前から続いていた立田野食堂が閉店。ほかの建物も取り壊しが進む▼まちの風景が時代に応じて変わるのは世の常だが、個性ある店の出店で新しい魅力が形成されることを願う。(