球都を支えた人

 「桐生といえば野球どころですね」。県外でそう言われるのが、何よりうれしい人だった。昔は桐生高校、今は桐生第一。「甲子園を通じて桐生の名を広めてくれる。そんな子たちを応援してやりたいんさね」。そう常々語っていた▼桐生市桜木町でクリーニング店を営む傍ら、桐生第一高校野球部を長年にわたり応援し、病気のため9月22日に72歳で亡くなった松山勇二さん。新桐生駅前交差点に自費で応援用横断幕を飾るオジサンといったほうが分かりやすいかもしれない▼桐一を二十数年追い続けた。「ナイスプレー。また頼むぞ」。すれ違う選手に声をかけるのが楽しみだった。「完全な自己満足」と笑うも、子連れのOBから「お久しぶりです」と声をかけられ、目を潤ませていた姿が印象に残る▼NHKが昨夏放送した高校野球100年の都道府県別番組には、地元ファン代表で99年夏の全国制覇を語る松山さんが出演。「お父さんはたばこも酒もやらない。趣味は野球だけだから(多少の出費は)目をつぶろうかな」。そう笑う妻の房枝さんの姿もほほえましかった▼損得抜きで桐生球児を応援し続けた松山さん。彼もまた球都桐生を支える偉大な“野球人”だったと思う。
(針)

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