織を極めて

 武藤和夫さんが、逝った。梅田の山里に桐生織塾を訪ねるたび、おだやかな笑みを含んで迎えてくれた。囲炉裏端で「粋」や「ゆらぎ」や「滅びの美学」を語り、ときに銀杏を炒りながらのことも。なにやら日本昔ばなしのようで、かけがえのない場だった▼愛するものたちを守り補い飾るために自らの手で布衣をつくっていた時代から遠く、繊維産業は細分専門特化した。武藤さんのように全般を知り経験を積んだ人はいなかった。教えを乞う人たち、古民家のたたずまいになごむ人たち、異界に忘我する人たちも参じた▼縞がライフワーク。一つとして同じでない裂がていねいに貼られた縞帳に、島渡りの単純だからこそ奥深い、究極の美。絵画や写真や音楽から創作した縞、糸や組織の違いで表現した一色の縞、遊ぶ心から織り出された布たちに目を見張った▼いち早く天満宮骨董市で銘仙を収集した。伊勢崎の繊維工業試験場時代、業界にウールへの転換を指導した張本人だそうで、失われゆく技術への哀惜は人一倍だったろう。銘仙研究会の活動も目覚ましかった▼桐生ファッションタウン大賞の受賞時には「桐生の至宝」と讃えられた存在。真摯に後に続くものたちを、見守ってほしい。(

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