志士と烈婦と

 旧黒保根村が誇る名誉村民に、星野長太郎と新井領一郎がいる。長太郎は官営富岡製糸場開業から2年後の明治7年、民間初の器械製糸所を水沼に創業。全国から伝習工女を受け入れて蚕糸産業振興に尽力。弟の領一郎は明治9年に弱冠22歳で渡米、誠実な取引で日本生糸の信用を回復した▼その二人と初代群馬県令の楫取素彦、寿夫妻が向き合う銅像が、前橋公園に立つ。吉田松陰の形見の短刀を、妹である寿が領一郎に贈る場面だ。松陰は海を渡ろうとして果たせず、安政の大獄で刑死。その魂がこもった短刀である。渡米するに当たっての志を奮い立たせ、心底から支えただろう▼子孫の楫取能彦さん(70)は「寿は激しく、松陰が心配したほどの烈婦。まじめな素彦とは相性が良かったようです。兄の形見を渡すとは素彦も驚いたと思うが、性格でしょうね」と語る。「楫取の記録は空襲で焼けて、ない。短刀はアメリカに渡ったから残った」とも▼その短刀の逸話は領一郎の孫ハル・ライシャワーの著書「絹と武士」で初めて世に知られ、ひ孫のティムさん(57)から前橋市に寄託され、一般公開の運びとなった。桐生にもきちんとした収蔵庫と学芸員のいる展示施設があれば…と思う。(

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