歌舞伎の安吾

 安吾がついに、歌舞伎になった。歌舞伎座8月第3部が「野田版 桜の森の満開の下」なのだ。発表から70年、映画で演劇で朗読でダンスでとさまざま取り組まれてきたが「坂口安吾の生まれ変わり」を自称する野田秀樹の作・演出歌舞伎とあっては見逃せない▼1989年夢の遊眠社が初演した「贋作 桜の森の満開の下」は、桐生時代のもうひとつの代表的幻想譚「夜長姫と耳男」の登場人物が動き「安吾の新日本地理 飛騨・高山の抹殺」も背景にある。歌舞伎化は「研辰の討たれ」など3作を共にした勘三郎の念願でもあったという▼さて、桜散る鬼どもの宴は耳男に勘九郎、夜長姫の七之助は当然として、オオアマ染五郎、マナコ猿弥、ヒダの王扇雀、エンマ彌十郎、赤名人亀蔵、ハンニャ巳之助など適役ぞろい、特に女奴隷エナコ/ヘンナコ芝のぶが妖し美し。野田流の所作と言葉遊びで戯曲は戯作。80年代のネタも興趣、衣装も音楽も見事だった▼それにしても。チャチな人間世界をもたせるに、空が落ちてこないように、救いようのない孤独そのものになって。桜の枝を捧げた鬼の行進を見送る、耳のない男。2度のカーテンコールで我に返る。「シネマ歌舞伎」化も待たれる。(

関連記事: