強くて美しい

 「カイコが糸を吐き出す音を聞きに来ませんか」。養蚕業に参入した吉野香さんに誘われるがまま、蚕室へ向かった。高速道路沿いの場所はびゅんびゅん車が通っていたけれど、建物に入るとにぎやかさは遠ざかる。息を詰めて耳を澄ませた▼ぱきぱき、ぴりぴり、ぴきぴき、ぱりぱり。何ともいいようのない不思議で美しい音色が、幾重にもなって耳に届く。これまでカイコを飼育した経験はあるけれど、あんなにきれいな音は初めてだった▼さて、繭を収穫するにはカイコを殺さなければならぬ。彼らは羽化しても子孫を残せるわけでもないのだ。農業とは、家畜とはそういうもの。だからこそ吉野さんは「技術習得して精度を高め、きちんといい繭を収穫できるようになる」と決めた。それが、家畜である前に、生き物であるカイコへの向き合い方だ▼農業という仕事に就いていようが、いまいが関係ない。生き物に畏敬の念を抱き、大切にすること。互いのかかわりを知り、つながりを保とうとすること。それは「命をいただく身」であるかぎり、覚えていたいこと▼強くて美しい糸を吐くときの音を聞いた。新しい出来事に触れた心は少しくすぐったくて、何だかしあわせな気がした。(

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