7年目の決断

 当時から行動力のある青年だった。東日本大震災が起きた2011年3月。群大工学部の学生だった彼は、被災者支援のボランティアを始めた▼県内避難者向け住居清掃に始まり、フリマ出店での義援金寄付は1年半続けた。桐生に避難する被災者家族と親しくなり、被災者と市民の交流サロンにも顔を出した▼引きこもりがちな年配避難者宅に通う一方、被災地の子どもを励ます活動にも参加。被災者家族と親戚のような付き合いが生まれ、ときには酒を酌み交わして語り合った▼礼儀正しく生真面目。悪く言えば、融通が利かない堅物。世間知らずだった20歳の青年の心を、被災者家族がゆっくりと開いてくれた。「あの体験が自分の原点。人と接する喜びを知った」と彼は振り返る▼あれから7年。出身地で就職した彼は、子どもたちが自由な発想で遊べる場をつくるデンマーク発祥の「冒険遊び場」(プレーパーク)に夢を託す。いつか地元に立ち上げるとの目標を掲げ、今春から修業のため県外先進地のスタッフに転職するという▼被災者との新年会での決意表明。桐生での出会いが、新たな夢を生んだ。給料激減や将来不安など気にしない。彼らしい不器用な決断を応援したい。(

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