事実の観察

 5年前の冬、ある現場で他紙の記者が言った。「ペンを握るこの手が商売道具。けがとかできないんですよ」。新米記者だった私はストーブにかざした両手を黙ってながめていた。あれから取材と経験を重ねたけれど、今もこの手が商売道具になった気がしない▼「解釈よりもまず実物を見ること。目の前にある事実の観察から出発することが大切」。人は想像力豊かだから、ある事象に対して解釈・推論が先行して、それぞれのとらえ方と、それぞれの正しさの感覚で議論しがち。だからこそ「まずは現地観察」という。済んでしまって実物を見られないときは「人の言葉を時間をかけ、丁寧に聞いてごらんなさい」。つい先日聞いた言葉に、改めて記者としての姿勢を学んだ▼語ったのは元高校教諭で植物研究者の佐鳥英雄さんだ。全く違う職業を経験した人から、記者としての基本を習う。それはつまり、人の経験や、それに基づく知恵は多面的で多方向にベクトルを持つことを意味している。回り道に思えることも決して無駄でなく、自分の血肉になるのだ▼結局のところ私の“商売道具”はわからないまま。けれど再確認した「事実の観察の大切さ」。この姿勢はどこまでも持ってゆく。(

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