知った後で

 池澤夏樹さんの小説「アトミック・ボックス」は、瀬戸内海が舞台。かつて国産原子力爆弾の研究開発計画にかかわった男性が、自分の死後、研究データを娘に託す。娘は友人を頼りつつ、公安や警察の手をくぐり抜け、データが持つ意味の核心を知る人物を求め、東京に乗り込む▼大手企業の技術者だった娘の父親は当初、内容を知らされぬまま計画にかかわる。事実を知った後も、原爆そのものを製造するのではなく、製造の可能性を探るための仕事なのだと、自らを納得させる。ところが、広島への原爆投下で母親が被ばくし、そのとき体内にいた自分もまた被ばくしていた事実を知り、深く思い悩む▼悩むのはデータを託された娘も一緒で、データが持つ意味こそ分かったものの、それをどうしたらいいのか、新聞社をも巻き込み、思案をめぐらす。結局、国産原爆の開発研究計画があった事実は闇に葬られることなく、ニュースとして報道される。その影響については、小説では語られない▼福島第1原発の事故後、知らされぬままにいた原発をめぐるさまざまな事情が明るみになった。それにどう対処するのかは、私たちの問題。北海道函館市の原発建設差し止め訴訟など、一つの指標か。(け)

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