ながめ歌舞伎

 きものを着るようになって、誘われたのが歌舞伎。新春の浅草公会堂は若手の花形役者たちがつとめる舞台で、初めて彼を見た。当時は襲名前の市川亀治郎。その軽やかな身のこなし、頭のてっぺんから爪の先まで張り詰めた神経、たまさか見せる笑みをふくんだ眼差し。何もわからなくても天才だと思った▼エビよりシシより、カメちゃんを見に行くのが正月の恒例になった。女たちの嘆声は熱い。真夏の国立劇場で行われた最後の亀治郎の会にも参じた。猿之助となって品と貫禄が増し、しかもきれいになって、「上州土産百両首」の正太郎のような役でも泣かせる。ファンの多さを今回ながめ歌舞伎で再認識した▼舞台に現れた途端、空気が変わった。2階席からも拍手が降って渦巻く。舞台と客席とが力をやり取りしあって創られていく、生の充実。「自殺しようとした人がもう1日生きてみようと思うような、生きる力になれば喜び」と猿之助さん▼ながめ余興場の魅力にも、あらためて感じ入った。舞台と客席がとても近くて、一体感がある。役者にとっては怖いだろうが、猿之助ともなると全身全霊さらして貪らせても本望だろう。この小屋の可能性もまた、広がった。(流)

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