今日の記事: 2017年8月11日

「歴史的風致」維持向上を、計画作成、国に申請へ 桐生市

 桐生市は固有の歴史的町並みや伝統文化を生かしたまちづくりを進めるため、「桐生市歴史的風致維持向上計画」を作成する。桐生市歴史まちづくり推進協議会(会長=及川康・東洋大学都市環境デザイン学科准教授、委員17人)が3年がかりでまとめた計画案を10日に発表、市民の意見を募集しており、庁内での再検討をへて、国(国土交通省・農林水産省・文化庁)に認定を申請する。

伝統を守る、市指定重要無形民俗文化財「桐生木遣」の桐声会

 夏の夜、男性の息のあった歌声が響く桐生市北第2集会所(同市天神町二丁目)。市指定の重要無形民俗文化財「桐生木遣(きやり)」の保存に取り組む「桐声会」(川島茂会長)の会員で、伝統を守るべく、4月から稽古に励んでいる。

生き証人

 「いっぺんに十数万人。たった一発の爆弾で桐生の人口より多くの人が死んだ。そう考えると戦争は恐ろしい、でも、当時は生きるだけで精いっぱいで…」▼戦時中に広島市内で被爆した桐生市民の体験談が、広島市の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に、被爆者証言として保存されているのをご存じだろうか▼被爆の実相を後世に伝える被爆者証言ビデオを収録しようと、同祈念館が2003年度から広島・長崎両県以外に住む被爆者を訪ね、これまでに全国から300人以上の映像を集めている▼冒頭の証言は、06年秋に群馬県内で収録された桐生市内在住の被爆者インタビューの一こま。被爆直後から20日間以上も生死をさまよい、かろうじて生き残った80代(当時)男性の言葉だ▼あれから11年の月日が流れ、その男性も鬼籍に入られた。今年の「終戦の日」向け企画記事の取材で、桐生地区(桐生・みどり両市)の被爆者数を知り驚く。当時十数人はいたはずの被爆者たちが、わずか5人に減っていたからだ▼多くの人たちにご協力いただき、5人の“生き証人”のうちの1人から話を聞くことができた。地元に暮らす被爆者の貴重な証言を、14日の紙面に刻み込みたいと思う。(

きょうは「山の日」

 11日は「山の日」だ。昨年に新設された国民の祝日である。