「準高齢者」を考える

 近代日本を代表する彫刻家だった平櫛田中さんが東京美術学校の教授に招聘されたのは1944年、62歳のときだった。

 「六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは百から百から、わしもこれからこれから」と、100歳超えても仕事を続け、良い木がなくなるのを心配して30年分を手当てしていた人である。

 筆者の学生時代の仲間うちに「でんちゅうさん」のニックネームがあったくらい、団塊やそれに続く世代にも名声は広く知られていて、そのころ耳にして頭に焼き付いたことばに、当方の年齢が追い付いてしまったということが少なからず感慨深い。

 ものの本によれば、4千年前の人間の平均寿命は18年だったそうである。それから2千年たって22年にのび、日本史で言えば幕末明治のころに34年くらいになった。坂本龍馬が暗殺されたのは33歳だったから、当時はほぼ平均寿命だったという。

 その平均寿命が戦後の短期間で急速に伸びた。「いつまでたっても余命が40年」と、焼け跡世代の作家がそう言っていた時代をへて、いまや男性が80・79歳、女性が87・05歳と、超がつく高齢化社会が進行中である。

 さきごろ、高齢者の定義を75歳以上にし、65歳から74歳までは「準高齢者」としたらどうかと、日本老年学会・日本老年医学会が提言した。健康な人が増えていて、定義を見直すべきだというのが理由だそうだ。

 新聞の仕事で桐生の人々と出会い、多くの生き方にふれてきた。「門前の小僧習わぬ経を読む」ではないが、影響され、見習ったことも数々あって、いまにしてわかるのは、それらはほとんど例外なく、10年先や20年先のいまをしっかり見据えた態度だったということである。

 たとえば66歳からもの作りを始めたある人は、20年たったいま、世界的な評価を得るほどに製品の質を高めている。自分を信じ、かたくなにもならず、あすはもっといいものを作りたいと励む日常は不変で、これからもよき道しるべとしたい人だ。

 「準」がつくのかつかないのか。それを単なる呼び名の問題とせず、「長生き」を「老年期が長い」ことにしないための実質に目を向けて、何ができ、夢を持ち続けていけるのか、生き方を模索する機会にしたい。

 いまやらねばいつできる わしがやらねばたれがやる
 田中さんには確か、こんなことばもあった。

関連記事: