ありがとう、イズミ

 イズミが国内最高齢のメスのゾウになった昨年6月、「何も語らず半世紀。悲喜こもごもの体験を積んできたイズミにはこれからも身近で、私たちの心を受け止める存在であり続けてほしい」と、当欄では願った。

 そう書きながら、いつかは別れなければならない時は来るのだと、心のどこかにそんな思いが浮かんだのも事実である。

 その日がふいに来た。4日の夕、すみ慣れた桐生が岡動物園のゾウ舎内で、イズミは静かに息を引き取った。寿命とはいえ、何とも残念なことだ。

 イズミはアジアゾウだ。1955年タイに生まれ、2年後に静岡県の熱海市へ。そして64年に桐生にやってきた。東京オリンピック開催に向けて、世が沸き上がっていたころである。

 飼育年数53年、年齢は61歳と11カ月。代々の飼育担当者の苦労がしのばれる数字だ。

 新しいゾウ舎に移るのを嫌がって困らせた若い日があって、子どもたちのために懸命に芸を覚えた時期があり、大好きだった飼育員を不幸な事故に巻き込んでしまったり。顧みれば波乱に富んだ62年であった。

 長生きは宝だ。野生動物を取り巻く環境の変化から「いつでもゾウに会えるまち」は稀有な存在になって、おかげで私たちは、小さな子から親の世代、祖父母や曽祖父母と、巡る季節にいつでも彼女と共にいて、思い出は限りなく再生産されていった。それが桐生で過ごしたイズミの半世紀の日々である。

 暖かい冬の日、ゾウ舎の運動場に出て、鼻をゆったり動かしながら、前に進むでもなく後ろへ下がるでもなく、そんな動きをずっと繰り返すイズミをじっと見ながら、時おり目が合ったように感じ、ことばをかける。

 おそらく市民の圧倒的多数の人が、同じような親しみを持ってきたことだろう。彼女に相談することで、次の進路へと踏み出した人だっていたはずだ。

 今月末にはゴールデンウイークがやってくる。青葉に包まれたこの動物園内でイズミの姿がないゾウ舎はなんとも寂しい。

 しかしこれは命あるものの宿命であり、力強く超えていかねばならない節目でもある。

 いまの私たちが伝えたいのはイズミへ、そして彼女の長寿を支えた人への感謝のことばだ。

 主のいないゾウ舎の周りが「ありがとう」の気持ちで満たされる。そんなゴールデンウイークであってほしいと思う。

関連記事: