あたりまえの大切さ

 「君主が富んだときには国は滅びる」と言ったのは唐の太宗である。貞観の治と呼ばれる太平の世を築いた史上屈指の名君は家臣の意見に耳を傾けた。重用した名臣を失った折には「銅を磨いて鏡とすれば衣冠の乱れをなおすことができる。いにしえを鏡とすれば国家興亡の原因を知ることができる。人を鏡とすればおのれの行為の正否を知ることができる」と、墓の碑文を自ら書いて悲しんだという。

 治世の要諦として、また、責任ある立場に就く者の心構えとして、時代を問わず、重く響いてくることばである。

 現代に置き換えるなら、政治や行政や各界のリーダーがどこを見据え、何をなすべきかを選択する際に、立ちかえるべき基本を指し示した道標なのだ。

 古民家で使われている梁などが古材の再利用だったりする場合は少なくない。合算すれば何百年という世界である。

 北欧のまちには、産業遺産的な建造物を現代の施設として機能させ、守っているケースが多い。聞けばその哲学は、欧州全体のものであり、いたって普通のことであるらしい。

 洋の東西を問わず、あるものを大事に生かすことは生命に通じる真理である。そこに積み重なっていくのは安心感である。

 さまざまな社会情勢を反映して空き家が増えていく現代である。人が住まなくなった家の傷みは早い。もちろん、いろんな試みがなされてはいるが、ここはやはり、行政が範を示し、弾みをつけてほしいと思うのだ。

 たとえば蔵のまちで知られる栃木市の場合、閉店した中心市街地の商業ビルに市役所が移転し、1階に百貨店を誘致し、このビルが果たしてきた役割を残しつつ、老朽化した旧庁舎の建て替えという課題も解決に導いた。時代の価値観にかなう、まさに先進的な事例である。

 落日の帝政ロシアの首都において、立派な建物はおおむね役所か寺院であったという話をどこかで読んだ。いにしえを鏡とする気持ちはおそらく誰もが持っている。ただ、流れに乗っているときは、道標は見えていてもなかなか立ち止まれない。そして、実行に必要な条件整備が煩雑すぎることをできない理由にしたりするのが世の常だ。

 これを簡素化し、「もったいない」というあたりまえ感覚を臨機応変に反映できる新しい流れを促すのが行政の役割である。できることは多いと思う。

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