民意とはなんだろう

 昨年から今年にかけて、いくつかの国で大統領選が行われた。結果についてはすでに知るところだが、おもしろいのはその選び方、選挙方法である。1人1票という多数決の原則に変わりはないのだが、一口に多数決といっても、国によってさまざまな仕掛けが施されている。

 例えば、18歳以上の有権者が投票するフランスの大統領選では、1度目の投票でどの候補者も過半数の得票率を得られなかった場合、上位2人による決選投票が行われる。今回もこうした形でマクロン氏とルペン氏が決選投票に挑み、マクロン氏が勝利したわけだ。

 同様の選挙法は身近なところにもあって、以前の群馬大学工学部では、学部長選挙で第1位の得票数が有効投票数の過半数に達しない場合、上位2人による決選投票を実施し、自分たちの学部長を決定していた。

 たくさんの人の考えや意見を集約する上で、私たちになじみ深い多数決という手段だが、これが最も優れた意思集約の方法なのかといえば、じつはそうでもないのだと、社会的選択理論に詳しい坂井豊貴さんは著書「多数決を疑う」(岩波新書)の中で指摘している。

 多数決以外にも意思集約の方法はあるわけで、例えば18世紀のフランスの学者ボルダは、多数決の代わりに複数の候補者に点数をつけるという仕組みを考案した。候補が3人いれば、1位に3点、2位に2点、3位に1点といった具合である。

 この方法だと、1位もあるが3位も多いという極端な候補者より、1位の数では及ばずとも2位の数が多く、総合的にみて点数の高い人の方が当選するといった可能性が生まれる。1人1票の多数決より、こちらの手段の方がより民意を反映しているのではないかというわけだ。

 仏大統領選のような決選投票ありのルールも、手間こそかかるものの人びとにじっくり考える猶予を与え、よりていねいに民意のありかを探るといった意味では、有効な手法に違いない。

 もちろん、ルールによって結果が変わるのならば、民意とはいったい何かといった問いも生まれる。そこにあるのは「民意というより集約のルールが与えた結果」だと、坂井さんは話す。

 自分たちの民意を反映するためには、どんな選び方があるのか。さまざまな選挙制度を参考にしながら、足元を見つめ直す必要があるのかもしれない。

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