あすはわが身である

 未明の雷鳴と激しい雨音で眠りを破られた26日は、桐生地方で1時間に40・5ミリを、3時間降水量で84ミリを記録した。同日の全国観測値ランキングで3時間降水量は1位だったという。

 この雨の最中の午前1時34分に、ふれあいメールで「大雨警報」が届く。竜巻注意情報などに比べて、やや遅い印象だ。

 日本各地で集中豪雨被害が相次いでいる。洪水に巻き込まれた家屋のこと、流木が押し寄せてきた町並みもあった。水浸しになった田畑、そして崩落した傾斜地。一夜明けて判明した被害の渦中で、人はどんなに不安な気持ちでいたことかと思わずにいられなかった。人ごとではない。あすはわが身。昨今はそういう降り方になっている。

 7月6日の本紙「なんでもダイヤル」に、水害を起こさない事前の対策について「管轄が違うと言っていないで」という意見が載った。内容は、ずっと以前の懇談会で「渡良瀬川の河川敷に生えている木を伐採しないと水流が変わり、水害の原因になる」と提言したら「河川敷は国土交通省の管轄なので市では手が出せない」と一蹴されてしまったが、いま他都市で起きている水害事例をみて、やるべきことは明らかだという指摘だ。

 実に高い識見であり、行政が耳を傾けるべき声である。

 昨年の集中豪雨のとき、山あいで小規模な土砂崩れの現場を見た。土砂に交じって、間伐された木が道へ流れ出ていた。

 素人目には、伐採されたままだった間伐材がいろんなものを受け止めてダムをつくり、大雨で一気に流れ出たと映った。

 同じことがまた起こるかもしれないと、地元の人が不安そうに語った姿を思い出すのだ。

 管理された林地は多い。しかし、現実にはそうでないところもあり、危険箇所を把握し、日ごろの指導を徹底してほしいと願うものの、こういう話を詰めていくとすぐ、表れてくるのが縦割り行政の壁なのである。

 でも考えてみよう。行政の事情がどうであろうと、いったん大水となれば市民生活を縦にも横にものみ込んで想像を絶する暴れ方をする。それを未然に防ぐ知恵は、それぞれの領域に収まっていては生まれてこない。

 問題が見えたら、どうすれば一番いい形で解決に導けるのか。それを調整する場をこしらえて、軌道に乗せるのが行政の本来の仕事であると思う。大事なのは境界の知恵である。

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