経験を礎に先を見る

 今年の春以降、黒保根地区の稲作農家のもとを訪れ、おいしい米づくりにまつわる話に耳を傾けているのだが、そこで触れる初めての言葉が興味深い。

 例えば「走り水」という言葉がある。7月の下旬に花を咲かせた後、緑の稲穂は大きく成長し、やがて自らの重さでしだれるようになる。これを合図に、農家はそれまで田に張っていた水を落とし、地表を乾かさない程度に水の出し入れを繰り返すようになる。このときの水やりの感覚を「走り水」という言葉を使って表現するのだと聞き、鮮やかなイメージが浮かんだ。

 田に水をためず、滞留をさせず、入り口から出口に向けて表面を洗うようなイメージで水量を調整する、そんな感覚だ。

 ある事象を言い表した端的で適切な言葉に出くわすとき、そこに携わってきた多くの人たちの集合知を感じ取る。それぞれの人が自らの経験をもとに使い込み磨いてきた言葉の表情だ。

 テレビやインターネットのような迅速かつ大量に情報共有できるメディアの登場よりも前、地域の人びとが紡ぐ網の目を、今よりもゆったりと時間をかけて通過してきた証左のようだ。

 もちろん植物の生育状況は、その年の天候やその日の天気といった気象条件によって変わってしまうので、農家は毎年同じ時期に同じ作業をしているようでいながら、過去と未来を考慮に入れつつ適切な作業を選択し、例年を基準にしながら、そのずれを調整しているわけだ。

 基本さえ守れば、素人が初めてつくったとしても70点の米はできる。うまい米をつくるために重要なのはそれ以外の作業で、目の前の状況を的確に読み取って、それに合わせて適切な作業ができないと、30点という得点の積み重ねは生まれないのだと、そんな話も耳にした。

 保守とは、経験を重んずる態度を指す。これまでの経験を踏まえ、今より少しでもいいものをつくろう、事態を改善していこうとする姿勢である。こうした考え方は、思い切った改革に伴う大失敗のリスクを避けるための知恵であり、稲作をはじめ農家にとってはなじみ深い考え方なのだろうと、緑の水田を眺めながら改めて認識した。

 長い時間かけて確立された知恵や技術が、新しい波にのまれて完全に姿を消してしまうケースも多い。経験に基づいた小さな改良の積み重ねには、しなやかな強さがあるのだと思った。

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