まつりの長所を磨く

 桐生八木節まつりの来場者と立ち話を交わした。主催者発表によれば、今年のまつりの入れ込み客数は55万人。前回より2万5000人も増えたそうだ。これほどの人を引きつける魅力はどこにあるのか、改めて尋ねてみたいと思ったからだ。

 対話の中で浮かび上がったいくつかの魅力のうち、とりわけ若い世代からの声として大きかったのが、八木節踊りそのものがもつおおらかさである。

 桐生祇園祭の巨大屋台、みこし渡御、鉾の曳き違い、ジャンボパレード、ダンス八木節、お化け屋敷など、このまつりを彩る行事はさまざまあるものの、来場者が飛び入りで参加できる行事となると、じつは数少ない。見る側と踊る側との垣根が低く、特別な衣装や道具もないまま、身ひとつでまつりの主人公になれることこそ、八木節踊りの何よりの魅力なのだと、そんな声が大きかったのだ。

 言われてみると、名の知られた祭りの多くは、部外者にとって〝見るための祭り〟である。阿波踊りなども連と呼ばれる踊り子のチームが練習を重ね、その成果を披露するわけだし、東北地方の夏を彩る有名な祭りも基本的には見るものである。

 伊勢崎市から電車で訪れたという女性は、同じ日に開催されていた地元の祭りには向かわず、20代の娘と一緒にわざわざ桐生にまで足を運んだ。眺めるだけのまつりに物足りず、見よう見まねで踊りを覚え、八木節の輪に加わったのだという。

 「身内」と「よそ者」とをわけ隔てすることなく、身ひとつで誰もが参加できるのが、八木節踊りのよさなのだと気がつけば、まつりのどこを磨けばより楽しいものになるのか、おのずと見えてくるのではないか。

 踊りの輪に加わるためにも、不要なものはできるだけ所持したくない。渇きをいやす飲料水のペットボトルや缶、びんなども手放したい。もちろんまちを汚したくもないので、いつもごみ箱を探し回ってうろついてしまう。「分別回収のごみ箱の数をもっと増やしてほしい」といった意見も多かった。

 今年のまつりを見るかぎり、こうした来場者の望みと合致する動きが、もてなす市民の間で着実に広がりつつあることも確認できた。心強い動きだ。まつりの規模が大きくなれば、その分、環境整備も必要になる。訪れた人の立場から磨いていく、そんな動きが求められている。

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