議論をもっと重視して

 朝のラジオ番組で、作家の高橋源一郎氏が思想家の故吉本隆明氏の価値観を紹介していた。

 分断された時間ではものごとを深く考えることができない。人間が考えをめぐらすには誰にも邪魔されないまとまった時間が必要で、社会的にはプラス評価されにくい引きこもりといった行為も、考える時間を確保するための手段の一つではないかと、そんな問いかけである。

 思い当たる節は山ほどある。最近は手元の通信端末を通じ、いつでもどこでも多様な情報が押し寄せてくる。そのたびに気持ちはそがれ、一つのことに集中しにくい。中には役立つ情報もあるので、一くくりに途絶するわけにもいかないが、じつは損なっているものの方が多いのではないかと思う日々である。

 28日の臨時国会冒頭で衆議院解散に踏み切ると、会見で安倍晋三首相が表明した。事前に伝わっていた通りの内容だが、解散の大義とは何か、なぜこの時期なのか、核心部分については心もとない説明が続いた。「国難突破解散」だと自ら名づけ、2019年に予定している消費増税の増収分を子育て支援の予算に振り向けることや、北朝鮮問題への対応について、国民に信を問うつもりだという。

 衆議院解散の大義を語ることは、内閣総理大臣としての責任である。ただし、選挙の争点まで首相が決めるべきなのかといえば、そうではあるまい。

 選挙となれば世代、性別、仕事、家族構成、居住地域、さまざまな要素によって、有権者が重視する争点は異なる。重要課題として取り組んできたアベノミクスが私たちの暮らしに何をもたらしたのか、共謀罪や安保法といった法律をどう評価すればいいのか、森友学園・加計学園の問題にきっちり説明責任を果たしてきたのか、実績の一つ一つが大切な判断材料となる。

 また、「選挙こそ最大の論戦の場」なのだと首相はうそぶくが、そこでの論戦には限界もある。それより国民から権力を付託された議員どうしによる議論の場、つまり国会でこそ、審議を尽くしてほしいし、実のある論争を私たちは求めている。

 法案や政策をよりよいものに磨くため、腰を落ち着けて審議する。それにはまとまった時間が欠かせない。首相が大義に掲げた消費増税分の使い道や北朝鮮対応についても、解散前に国会で論争し、争点を絞ってほしかった。議論が不足している。

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