忘れずにいること

 日々の暮らしの中で触れる情報の量が多すぎるせいなのか、新しい問いが投げかけられるたびに、表層の記憶は更新され、前の問いは謎を抱えたまま下層へと押しやられてしまう。

 ならば、都合の悪い問題を忘れさせたければ、新しい問いを次々と提案すればよいのではないかと、そんなシナリオを描く権力者がいてもおかしくない。今回の衆院解散を耳にしたとき最初に浮かんだ疑念である。

 森友学園への公有地売却問題や加計学園の獣医学部新設問題で、渦中の首相は丁寧に説明すると言いながら、本来説明の場となるはずだった臨時議会の冒頭で衆院を解散、選挙に出た。

 大義をたずねれば、来秋実施予定の消費増税の増収分を子育て支援の費用に付け替えることについての是非を問うためであり、緊張感を増す北朝鮮に対し圧力をかけ続けるということについて是非を問うのだという。

 これまでの議論の延長上にはない、唐突な解散の大義に、生まれた不信感はぬぐえぬまま、第48回衆院選が10日公示され、22日の投開票に向けた選挙戦が始まった。これまでの安倍政治に異を唱える保守の新党・希望の党が誕生し、民進党議員の多くがそこに合流。同党のリベラル系議員たちは立憲民主党を立ち上げ、共産党などと共闘を図るというふうに、極は大きく三つに分かれているようだ。

 憲法の改正、消費増税、アベノミクス、原発政策…。共通する大きな課題について、各党の考え方や政策はそれぞれに異なるが、希望の党や立憲民主党の出現によって各党の考え方や政策の違いは明確になり、分かりやすくなったとの見方もある。

 暮らしの中で私たちはどこに生きにくさや不安を感じ、これからどうなってほしいのか。各党が掲げる考えや政策を読みながら、人を選び、政党を選ぶわけだが、いまの時点でどの政策が正解なのかは分からない。それでも、期待をかけてみたい政党や政治家、政策ぐらいはおぼろげにつかめる。22日の投開票まで、情報を仕入れて取捨選択し、最後は自分の直感もあてにしながら一票を投じたい。

 疑念の多い選挙ではある。そうはいっても手続きは踏んでおり、あとは選挙で決めてと言われれば、古い記憶を更新しがちだが、疑念はそのまま忘れず保持したい。記憶することこそ、人間という、社会を形成して生きる動物の特徴であるはずだ。

関連記事: