人の心は温かい

 誰かのために力を発揮する人の心は温かく、そして、たくましい。本日は直近の体験談を。

 筆者が桐生の仲間と岩手の稲作農家を手伝い始めたのは2007年からである。私たちが食する米の生産を体験するのが目的だ。干した稲束の運搬は総出の作業。脱穀機の操作は近所のおじいさんの手を借りてきた。

 コンバイン主流の現代農業にあって、おじいさんが頼まれて脱穀するのは私たちの田んぼを含めて2軒だけ。おじいさん自身はコンバイン収穫だから、頼まれ仕事を断れば、壊れても直さないで済む機械なのである。

 その脱穀機が、私たちの田んぼで作業を始めたとたんに壊れた。修理業者の見たてで大事な部品の消耗とわかり、当日は作業ができなくなってしまった。

 翌日、おじいさんは夕方から作業を再開した。つてを頼ってレンタルした脱穀機で他の1軒の作業を早朝からこなし、急いで修理した自分の機械を運搬車で運んできて、それからおよそ1時間。これ以上の作業は暗くて危険だというところまで奮闘し、私たちが桐生へ帰れるようにめどをつけてくれたのだ。

 山あいの農村地帯は古くからの共同体で、知人の両親がまだ健在のうちだったからこそ、受け入れてもらえた場所である。

 なんと物好きな連中だと、遠目で見ていた周辺の人々。最初はおじいさんもその1人だった。わざわざそんな遠くへと、桐生の人からも不思議がられた。

 当地は時間がゆっくりと流れて、桐生から行くと戸惑うのだが、3日経って帰るころにはそのペースに慣れ、今度は桐生の忙しさに驚くというように、異なる時間を往来して10年余。

 だが、いったん事が起きたときのおじいさんは、80歳を超えているとは思えない、若者顔負けの力強い働きで、私たちの稲作を支えてくれたのである。

 「やめちゃだめだ」「草取り機はうちのを使えばいい」。これまで一度も言ってくれなかったことばで、初めておじいさんが励ましてくれたのは夏のこと。これが今シーズンの稲作の一番のトピックと思っていたら、最後にヤマが待ち受けていたのだ。

 この出来事で私たちは10年の意味というものを実感した。

 何事においても受け入れにはそうした時間が必要で、言い換えれば、それはこちらが心を開くのに必要な歳月でもある。

 その関係が築かれたとき、人の心の温かさは格別なのだ。

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