北陸の豪雪に思うこと

 北陸の豪雪で立ち往生したトラック運転手たちに無償で料理を届けたギョーザチェーン店の気配りがニュースになっていた。長時間閉じ込められて疲労困憊していたところに、店員たちはやってきた。テレビでは、突然のことに驚き、とてもうれしそうな運転手の声が流れた。「ヨシッ、頑張ろう」と勇気づけられたことだろう。きっと胸も熱くなったに違いない。

 発案の副店長は、阪神大震災のときに店を開け、喜んでくれたお客の笑顔の記憶に後押しされたという。こんなふうに助けられて、運転手たちはいつかどこかで、この恩返しをしようと思っているはずだ。人の心の温かさとは、こうやってバトンタッチされていくのだと思う。

 現地では、自衛隊員がスコップを持って人海戦術で雪を運んでいた。そのほかに、それぞれの役割を担って復旧に取り組んでいる人々。仕事とはいえ、本当に頭が下がる活躍である。

 一方で、そんな北陸の豪雪が引き起こした事態は、明日の私たちが体験することかもしれないと、これまでの多くの災害と同様、大いに考えさせられた。

 陸送のトラックは、それぞれの荷を積んで、一刻も早く目的地に行かねばならない理由を抱えている。私たちのいまの暮らしの圧倒的な部分が、こうした流通のぎりぎりの仕組みに支えられているのである。商店ではいつも新鮮なものが並んでいるという、そんな当たり前を成立させている仕組みは決して当たり前ではないと痛感するのだ。

 豪雪というほどではなかったけれど、桐生地方もことしは2度雪が降って、小売店の日配食品などにすぐさま雪の影響が表れたことは、すでにみんなが体験していることである。

 2度目はさほどの降りでもなかったせいか、全般的には落ち着いて見えたが、久々のこの雪で、かつての記憶がよみがえったと、こう話す人たちがいた。

 東日本大震災のとき、こうした物流が滞った体験を私たちは持っている。日々の備えがいかに大切かをかみしめたはずなのに、気づいてみればいまの生活はあのときと比べものにならないほど、いっそう物流に頼っている。そしてこの傾向は今後もますます強まっていく気配だ。

 むろん防災対策はどんどん更新されているはずだ。しかし私たちの心の備えはどうだろう。

 記憶は風化していないか。こうした機会に常に確かめたい。

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