平和憲法を考える

 戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認をうたう日本国憲法第9条は次のような文言だ。

 「(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(2)前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

 1946年の制定以来、条文そのものは変わらずとも、政府の解釈は時代とともに変遷してきた。吉田茂首相は制定当時、自衛権の行使そのものを否定する立場だった。もちろん自衛隊も存在していない。それが50年の朝鮮戦争を契機に、GHQからの要請を受ける形で警察予備隊が誕生。東西対立構造が固まる過程で自衛隊が発足する。今から60年前、54年7月のことだ。当時の大村清一防衛庁長官は自衛権について、「自国に武力攻撃が加えられた場合に国土を防衛する手段として武力行使することは、憲法に違反しない」と、個別的自衛権の行使を認める解釈を示した。

 一方、集団的自衛権の行使については、歴代の政府が「憲法上許されない」との解釈を崩さずにきた。60年代には安倍晋三首相の祖父、岸信介首相が「特別に密接な関係にある国が武力攻撃された場合に、その国まで出かけて行って防衛するという意味における集団的自衛権は、憲法上は日本は持っていない」と述べる。70年代の田中内閣、80年代の鈴木内閣も、憲法違反の立場を堅持してきた。今回、安倍内閣は集団的自衛権の行使を認めるため、憲法解釈の変更を閣議で決めた。戦後日本の安全保障政策の歴史的転換といわれるゆえんでもある。

 いま、日本が“平和憲法の国”として各国から一目置かれる存在にあるのは、「集団的自衛権の行使を認めなかったから」だけでなく、政治家や外交官、自衛隊員、非政府活動の民間人をはじめ、私たち国民の一人ひとりが、心のどこかで憲法9条の精神をつねに意識し、行動に結びつけてきたからだろう。

 会見で憲法解釈を説明する為政者の顔を眺めながら、こんごの法整備の行く末を見届けるとともに、日本国憲法の意味を改めて考え、戦後70年かけて培ってきた平和憲法の理念を次の世代に引き継ぐことが私たちの役割なのだと、強く感じた。

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