「街と美術館、一体として魅力を」 田中淳・大川美術館新館長

 公益財団法人・大川美術館(桐生市小曽根町)の新館長に、8月1日付で田中淳(たなか・あつし)さん(61)が着任した。日本近代美術を専門とする研究者であり、前東京文化財研究所副所長。「大川美術館は全国的に知られ、桐生は古い建物が生かされた、いい街です。街と美術館を一体として魅力を発していきたいですね」と語る。

 田中館長は1955年東京生まれ。83年に東京芸術大学大学院美術研究科修士課程を修了し、東京国立近代美術館に勤務。94年に東京国立文化財研究所に移り、2014年に副所長、16年定年退職。現在も客員研究員として岸田劉生の研究を続けている。千葉県在住。

 創設者で初代館長の故大川栄二さんとは、1986年に出会った。東京国立近代美術館での「松本竣介展」開催に当たり、大川コレクションからも多数出品されたのだ。「早い時期から竣介に注目したコレクターとしての直観は、慧眼(けいがん)でした」。初対面ながら大川さんは喫茶店で2~3時間、一方的にしゃべりまくった。「すごいバイタリティーでした」

 大川さんが作成した画家たちの相関図も当時から有名だったという。そして「絵は人格である」として、竣介を中心に交流や影響のあった画家たちの作品群を所蔵する大川美術館が89年に開館。全国的評価を高めてきた。

 田中館長が驚いたのは、竣介の代表作「街」と、現実の桐生の街。描かれたのは戦前の東京だが、そんな建物や風景はもう東京にはない。ここ桐生にこそ古い建物が残り、昭和モダンが生きている。「山から街に下りると、竣介の絵の中に入れるんです」。著書「画家がいる『場所』―近代日本美術の基層から」で、劉生や竣介ら9人の画家の作品と風土を訪ねた論者ならではの視点だろうか。

 驚きその二は、子どもが知らないおじさんにあいさつすること。「当たり前のことなのに、いまやなかなかないです。子どもたちに美術、美術館を好きになってほしいですね」

 大川美術館の最大の特長は、厚みのあるコレクションだ。これだけの所蔵品を有する館はまれで、それをどう見せるか。半面、心苦しいのはバリアフリーでないこと。階段が多く迷路のようで、30年たてば老朽化する。また課題として、桐生ゆかりの作家の作品を増やすこと。「石内都さん、山口晃さんや、それに続く若い世代の作家たちを応援する。それも桐生の美術館の役割です」

 「美術館に来たら街に出る、桐生に来たら美術館に寄る。有鄰館や織物記念館、重伝建地区もある。街と一体になって広くPRできれば」と考えている。

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